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 講 演 要 旨


物の理を教えない物理と国際感覚
江沢 洋 (学術研究ネット理事:日本学術会議会員、学習院大学名誉教授)



 表題とちがうようだが、物理オリンピックの紹介からはじめたい。
 「物理オリンピック」は物理の理論と実験にわたる高校生のコンテストである。世界の 70 国余りが参加する国際版とアジアの 20 ヶ国ほどが参加するアジア版がある。日本は、そのいずれにも未だ参加していない。
 「国際数学オリンピック」は 1959 年から開かれていたが、日本は 1990 年から参加している。「国際化学オリンピック」には今年から参加をはじめた。

1 国際物理オリンピック

 1967 年に東欧の数ヶ国のコンテストから始まって毎年開かれ、参加国がウナギのぼりに増え、現在では 70 ヶ国を越えて真の国際オリンピックとなった。2002 年にはインドネシアで開かれた。今年は 7 月に台湾で開かれた。SARS 問題にめげず方針を変えなかった組織委員会の勝ちであった。
 参加国は選手 5 名とリーダー 2 名(高校の先生と大学の先生)を送り込む。現地に着いてからは選手とリーダーは隔離される。
 コンテストは理論の問題 3 題に 5 時間、一日おいて実験の課題ひとつに 5 時間かけて行われる。それぞれ、ぶっとおし 5 時間である。途中でオヤツがでるが、ほおばりながら問題を解く。
 問題は主催国がつくる。ぼくは、アジア・オリンピックの台湾大会にオブザーヴァーとして参加したが、問題はコンテストの前日に参加国のリーダーが集まって検討するのだった。かなり長時間にわたる実質的な討議である。70 ヶ国が参加する国際オリンピックではどうするのだろう?こうしてできた問題を、その夜に各国のリーダーたちが自国語に翻訳するのである。これが国によっては大仕事で、台湾大会のモンゴルの先生は翌日の朝までかかったといっていた。
 採点は、言葉の問題があるので、採点基準を協議して細かく定めた後、まず各国のリーダーたちが自分の国の選手たちの答案をみる。その結果を主催国の先生たちと議論して最終的な点をきめるのである。
 金賞、銀賞、銅賞があるのはスポーツのオリンピックと同じだが、そのほかに優れた解き方に対するアイデア賞や女性優秀賞、残念賞などもある。それぞれに企業からの寄付による賞品がでるようだ。中国や東欧の国々が伝統的に強い。1992 年のフィンランド大会では中国から出場した選手 5 人がすべて金賞に輝いた。2000 年のイギリス大会でも同じ、その一人は最高点をマークした。そしてロシア、ハンガリー、インドが金賞 2 つ、スイス、ブルガリア、台湾が 1 つだった。
 問題は、日本の学校でよくできる高校生にも難しいだろう。日本にかぎらない。諸外国でも選手たちには特訓をほどこすようである。
 国によって違うが、選手たちは何段階かのテストによって選ばれる。中国では、まず省ごとに数百人が受ける一次テストで数十人づつを選び、通信教育をして二次テストで合計 15 人にしぼり北京に集めて特訓する。この段階では大学初年級のテキストが使われる。オーストラリアでも全国試験で選んだ 1000 人から 25 人を選び学校の休みにキャンプして大学のテキストで教え、さらに 8 人に絞ってウィーンで特訓する。
 問題が難しいといっても旧制高校の程度だから、年令的に無理はない。難しく見えるのは、われわれが今の高校生を子供扱いしているからである。彼らの中には精神年令からいって、学校で与えられるものに満足できない者がいると思う。
 採点に言葉の壁があるといった。ここに一つ問題があって、解答は主に結果を数式ないし数字で書かせる。そこにいたる物理的考察は見ないのである。もちろん、途中の経過がわかるように問題をステップに分けることはあるが、きめ細かな採点はできない。

2 アジア・オリンピック

 アジア物理オリンピックは 2000 年にインドネシアで始まり、台湾、シンガポールとつづき今年はタイで開かれた。来年はヴェトナムである。
 理論と実験と各 5 時間のコンテストが行なわれることを含め、形は国際オリンピックそのままである。ただ、選手が各国 8 人であるところだけが違う。これが 5 月にあり、国際オリンピックが 7 月なので、国によってはアジア・オリンピックの成績優秀者 5 人を国際オリンピックに送るというところもある。多くの生徒に国際体験を与えるためアジアと国際のオリンピックに別の生徒を送るという国もある。
 ぼくは 2000 年の台湾(台北)大会に物理学会から派遣されてオブザーバーとして参加した。国をあげての大会という感じで、開会式には総統も見えて各国のリーダーたちと握手した。ほかに教育大臣、行政院国家科学院副院長、台北市長、台北師範学校(会場)校長らの(代読なしの!)挨拶が続き、台湾がこの行事を重視しているさまが窺えた。挨拶の間に国楽演奏、伝統祭儀楽舞、モダーン・ダンスがはさまる。この後にも、おもてなしが散りばめられ、試験は理論と実験と各 1 日だが、会期の 4 月 22 日から 5 月 2 日まで遠足、博物館見学、観劇、音楽、ノーベル賞学者の講演などびっしり、そして多彩な中国料理!各人を地元の一家庭が招いてもてなしてくれるという一晩もあり、最後は亜州学生之夜で盛り上がった。これらすべてが生徒たちの国際交流の場になる。これがオリンピックの目的の一つなのだ。
 これは台湾にかぎらずオリンピック共通の形式になっているようである。付け加えれば、オリンピック参加国は --- 国際もアジアも --- いずれはホストになることが義務づけられる。そして、参加者がその国に入ると以後の一切の経費はホストがもつ約束である。もっとも自由意志の寄付はあり得る。
 このときは中国の参加はなかった。新聞には大見出し「亜州物理奥林匹我奪四金一銀」が踊り第一位となった女子生徒の写真が輝いた。

3 「ノーベル賞への第一歩」

 物理オリンピック発祥の地ポーランドでは、物理学会が「ノーベル賞への第一歩」という名の高校生の「物理論文」国際コンテストも行なっている。これには「研究」論文に限るという条件はあるが、高校生ならどこの誰でも応募してよい。実は、ぼくも審査員で、つまり審査は国際的に行なわれるのだ。入賞者はワルシャワにある物理研究所での 1 ヵ月の研究に招待され、入賞論文はポーランド物理学会誌の特別号に掲載される。
 日本からは、1996 年に仙台育英高校の生徒さんが「紙飛行機は宙返りできるか」という研究で選外佳作に入った。今年は東京の小石川高校の生徒さんが挑戦し研究をしている。
 このほかに、モスクワ大学で 1979 年に始まった「物理国際トーナメント」もあり、現在はアメリカ、ドイツ、韓国を含む 18 ヶ国が参加している。
 これには各国から 5 人の高校生からなる 1 ティームが参加する。参加ティームは 1 年前に17 の問題を与えられ、ティームで研究を重ねてトーナメントに臨む。そこでは 3 ティームが組んで、それぞれ発表、批判、審判の役をする。発表ティームは、批判ティームから与えられた問題(トーナメントの間に 3 つまでは拒否できる)について代表者が解答を説明する。批判ティームの代表がそれに質問し批判した後、両者の討論にはいる。代表でないティーム・メンバーは助け船を出すことができる。審判は、この Physics Fight を聞いて評価する。そのすべてを大審判たる教師が採点して優劣をきめるのである。
 ここで過去に出た問題は「旗が風にはためくのは何故か?気流の様子を実験で調べよ」といった面白いものばかりである。
 東欧には、この種のコンテストの伝統があり、その優勝者から有名な数学者、物理学者がでている。

4 日本の参加

 数学オリンピックには日本からの参加があり、化学では今年から参加した。
 物理は、物理学会、応用物理学会、物理教育学会が合同で検討しているが、まだ踏み切れないでいる。教育についてはボトム・アップで手一杯という主張がつよいことも一因だ。
 しかし、オリンピック参加が教育にもたらす効果も無視できないと思う。化学会では次のような利点をあげているが、化学を物理にかえてもそのまま成り立つと思う。(1) 少数とはいえ、高校生が国際交流するよい機会だ。継続的な交流が社会におよぼすインパクトも小さくないだろうし、グローバル社会で孤立しがちな日本を見直す契機になる。(2) 高校生全員を対象にした低レベル・一律の化学教育から、伸びる子の知的好奇心に応える化学教育へと脱皮を果たすきっかけになる。(3) 化学の重要性を社会に認知させる一助となる。
 (1) につけ加えれば、オリンピックに参加して得た高校生の友情が将来花開く可能性もある。世界のどこかでオリンピックの先輩や後輩に会う確率も小さくないだろう。国際オリンピックへの参加は 1 年に 5 人だが、10 年たてば 50 人だ。世界に人の輪が広がるのは、こういうことの積み重ねによるのではないか。(2) については、日本の自閉症的な、レヴェル・ダウン一途の教育を世界の風に当てることの効果も考えたい。ボトム・アップも、もちろん大切だが、トップを物理に引きつけることも考えねばならない。
 高校の先生方のなかにも参加を希望している向きがある。物理学会の奮起を望む。物理学の外野からも応援の声が高まらんことを!日本の物理学の明日のために。
 国際にせよアジアにせよ、参加したら、いずれはホスト国になって日本でコンテストを開かねばならない。そう規則できまっているのだ。ホストになれば、国内での参加者の経費は全額負担する。これも規則できまっている。台湾は 2001 年に開いたアジア・オリンピックに 50 万ドルをかけた。国際オリンピックとなれば、この 10 倍はかかるだろう。ざっと 6000 万円である。国の補助をお願いするか、物理学会などで年々積み立てをするか?

5 物理教育 --- 日本と外国

5.1 日本:学習指導要領
 日本の教育は文部科学省の『学習指導要領』にしばられている。
 2003 年度から使われる高校教科書『生物 I』 5 冊に対する検定について長谷川真理子(早稲田大)、松田良一(東京大学)らが分析し、検定意見 920 個所のうち『指導要領を超えている』という指摘が 43 % にのぼったことを発表した(朝日新聞、2002 年 7 月 28 日)。
         誤り                       8 %
         不正確                      18 %
         『指導要領を超えている』ので不適切、不必要    43 %
 長谷川によれば、「単細胞から多細胞へ」など進化に関する記述や「変異」「適応」などすべて「削除」とされた。ヒトゲノム計画や脳の診断に用いる MRI (磁気共鳴断層撮影)など先端分野に関する記述も削除される傾向がめだった。
 その少し前に物理学会でも悲惨な「削除」の多いことが報告されていた。
 文科省は、それに先立つ 2001 年 8 月末に教科書会社の集まりで、高校の理科や数学について「生徒の理解をより深めたり、興味、関心に対応したりする発展的・応用的な内容」であれば指導要領になくても記述を認める、としていた。ただし、指導要領で「扱わない」とした内容は相変わらず不可である(朝日新聞、 2001 年 9 月 13 日)。
 ときの文部科学大臣・大島理森によれば(産経新聞、2001 年 10 月 1日;刈谷剛彦「学種指導要領」の方針大転換、「世界」、2002 年 1 月号)
 学習指導要領は最低基準であり、理解の速い子にはより高度な内容を教えることも可能であることを明確にする。これまでもそうした建前であったが、現実には全国一律な対応になっていた。このため、今回はこの趣旨を現場に徹底する。同時に、選択科目やいわゆる習熟度別学習指導など多様な指導方法を通じて子どもの個性や能力に応じた指導を進めてゆく(http:/www.monbu.go.jp/message/ohshima1.html)。
 その選択制の拡大については危惧が表明されている(鹿児島県立元教諭、中島栄一:問題多い高校必修科目、「私の視点」朝日新聞 2003 年 9 月20 日)。選択制のために物理をとる生徒が激減した。こんなことでいいのか?
 文部省は小・中学校の算数、数学、理科についても指導要領を超える「発展的な学習」内容を示した教師用参考資料を作成した(朝日新聞、2002 年 8 月 23 日)。新聞は、これを「文科省の変わり身」と受け止めた。

5.2 日本と英国
 教科書の内容を比較するのは、たいへん難しい。プランが根本的に違うからである。
 イギリスの新しい高校教科書『Advancing Physics』の目次を並べてみよう(次ページの表)。それと日本のある教科書の表(次々ページ)とを対照していただきたい。違いは歴然である。
 ぼく自身は、『Advancing Physics』の方法がいいとは思わないが、しかし、これを部分的にもせよ採り入れたいと思った先生がいても、おそらくできない。何故か?
 ○ 『学習指導要領』に合わない。学習指導要領が仮にもっともらしく見えるにして も実際にシバリになっていることが分かる。物理の教え方は一通りではないのに!
 ○ 生徒(あるいは親)が反対する。「入試に関係ないことは、不要だ」
 内容を見てみよう。ドップラー効果を例に ---
 Advancing Physics では 12. Our Place in the Universe にでてくる。
 One-way velocity measurement: 遠くの星や銀河が動く速さが知りたい。
 (1) レーダーでパルスを送り、
    発射パルスの時間幅 Δtout と
    星で反射して帰ってきたパルスの時間幅 Δtback
 を測って
 
      υ/c = (Δtback−Δtout)/(Δtback+Δtout)

 とする。この式、導けますか?
 (2) 星からくる光の波長を測る。波長の伸びを Δλ とすれば
 
      Δλ/λ〜υ/c   (υ≪ c)
 
 Advancing Physics には、この式の導き方が一言も書いてない。導く余裕がないのか、中学段階ですんでいるのか?
 
日本の教科書
 音の章で。聞く人が動く、音源が動く、両方が動く。
 日本の教科書は、光の場合には触れない --- おそらく、光の場合には相対論がきくからという理由だろう。それが世界を狭くしている。Advancing Physics では、さり気なく 
  v ≪ c と書いている!

                         RISE AND FALL
  PHYSICS IN ACTION                OF THE CLOCKWORK UNIVERSE
  Communication                 Models and Rules
1. Imaging 10.                  Creating Models
1.1 Seeing invisible things       10.1 What?
1.2 Information in images        10.2 Stocks and flows
1.3 With your own eyes          10.3 Clockwork models
2. Sensing               10.4 Resonating
2.1 Making very small things       11. Out into Space
2.2 Miniature circuits          11.1 Rhythms of the heavens
2.3 Controlling and measuring      11.2 Newton's Gravitational Law
potential differences       11.3 Arrivals and Departures
2.4 Sensors and our senses        11.4 Mapping gravity
2.5 Making good sensors          12. Our Place in the Universe
3. Signalling              12.1 Observing the Universe
3.1 Digital revolution and        12.2 Was there a “Big Bang”?
the death of distance            Matter in Extremes
3.2 Signalling with E.M. Waves      13. Matter: Very Simple
Designer Materials          13.1 Up, up and away
4. Testing Materials          13.2 The kinetic model
4.1 Just the job             13.3 Energy in matter
4.2 Better buildings           14. Matter: Very Hot and Very Cold
4.3 Crystal clear?            14.1 The magic ratio‘ε/kt'
4.4 Conducting very well         14.2 The Boltzmann factor exp [-ε/kT]
-- conducting very badly          FIELD AND PARTICLE PICTURES
5. Looking inside Materials            Fields
5.1 Materials under the microscope    15. Electromagnetic Machines
5.2 A clear view             15.1 An electromagnetic world
5.3 Making more of materials       15.2 Generators and motors
5.4 Controlling conductivity       15.3 A question of power
Understannding Processes        16. Charge and Field
6. Waves and Quantum Behaviour      16.1 Linear accelerators
6.1 Beautiful colours,          16.2 Deflecting charged beams
wonderful sounds              Fundamental Particles of Matter
6.2 What is light?             17. Probing Deep into Matter
6.3 Wave behaviour understood in detail  17.1 Creation and annihilation
6.4 Looking forward            17.2 Scattering and scale
7. Quantum Behaviour           17.3 The music of the atoms
7.1 Quantum behaviour           17.4 Known and unknown
7.2 ‘Many paths' at work         18. Ionising Radiation at Risk
7.3 Electrons do it too          18.1 Radiation put to use
7.4 What does it all mean?        18.2 The nuclear valley
Space and Time            18.3 Fission and fusion
8. Mapping Space and Time             Adavnces in Physics
8.1 Journeys                    Case Studies: Advances in Phys.
8.2 Maps and vectors                Energy efficient offices
8.3 Velocity                    Dark matter
9. Computing the Next Move            Profiles from space



     物理 IB            物理 II
序編  物理の世界           序編 物理の進歩
1.  運動と力              無重量状態と運動
2.  エネルギー             気体の発熱・電流と磁界
3.  波動                電磁波の利用
4.  電流と電子             光のスペクトル
5.  物理の学び方            原子の世界
1編  運動と力            1編 運動とエネルギー
1.  物体の運動           1. 円運動と万有引力
1.1 変位と速度           1.1 円運動
1.2 加速度             1.2 慣性力と遠心力
1.3 落下運動            1.3 単振動
2.  力とつりあい          1.4 万有引力
2.1 力の性質            2. 気体の分子運動
2.2 さまざまな力          2.1 分子運動とボイル・シャルルの法則
2.3 剛体にはたらく力のつりあい   2.2 理想気体の内部エネルギー
3.  運動の法則           2.3 熱力学の第二法則
3.1 慣性の法則           2編 電流と磁気
3.2 運動の法則           1. 磁界と電流
3.3 慣性力             1.1 磁界
4.  運動量             1.2 電流のつくる磁界
4.1 運動量と力積          1.3 磁界が電流におよぼす力
4.2 運動量保存の法則        1.4 ローレンツ力
4.3 反発係数            2. 電磁誘導と電磁波
2編  エネルギー           2.1 電磁誘導
1.  力学的エネルギー        2.2 交流
1.1 仕事              2.3 交流回路
1.2 運動エネルギーと位置エネルギー 2.4 電磁波
1.3 力学的エネルギー        3編 原子と原子核
2.  熱とエネルギー         1. 波動性と粒子性
2.1 熱と温度            1.1 X 線
2.2 気体の熱的性質         1.2 光の粒子性
2.3 内部エネルギー         1.3 電子の波動性
2.4 エネルギーの流れと変換     2. 原子の構造と原子核・素粒子
3編  波動              2.1 原子のモデル
1.  波の性質            2.2 原子核
1.1 波の伝わり方          2.3 素粒子
1.2 横波と縦波           課題研究
1.3 波の重ね合わせ         1. 課題研究を行なうにあたって
1.4 反射と屈折の法則        2. 課題研究の展開例
2.  音波の伝わり方         3. 課題研究テーマ例
3.  光と光波
3.1 光波
3.2 レンズのはたらき        1. 静電気
3.3 光の回折と干渉         2. 電流
4編  電流と電子           3. 電子と原子

 指導要領では「ドップラー効果は初歩的な程度にとどめること」とされている。
 さきに、ぼく自身は、『Advancing Physics』の方法がいいとは思わないと書いた。その意味は、こうである。Advancing Physics は生徒に物理への興味をもたせようと躍起になっているように見える。これは、学校の役目だろうか?
 ぼくは、学校の教育と学校の外での --- たとえば科学雑誌による --- 教育を考える。
 そして、生徒に「いま世界でおこっていること」に目を開かせ興味を喚起するのは後者でなければならないと思う。学校はそれに筋道を与える、論理化することに徹すべきである。論理化は厳しい面をもつ。それを教える強制の装置を学校はたくさんもっているのだ。演習、テスト、……。
 オリンピックや First Step to Nobel Prize などは両者を integrate しようという野心的な試みである。これは、学校には入りきらない。学校の外の activity としなければなるまい。

5.3 中国と日本:高校数学
 中国と日本の高校数学を比べてみよう(次ページの表)。
 中国の数学を見るには問題集『三点一測叢書』の高一、高二、高三篇によった。1999 年版で「最新現行教材同歩」とあるから、学校で教えられていることを表わしていると思ってよいだろう。
 日本の数学は現行の『学習指導要領』によった。ただし、「すべての生徒に履修させるのは「数学基礎」または「数学 I」とされている。
  「数学基礎」は上の表にはあげなかったが「数学的な考え方のよさを認識し数学を活用する態度を育てる」ものだそうで、どうやら数学を教える科目ではなさそうである。
 下の表では「数学 I, II, III」を高 1, 2, 3 に当てたが、必ずしもこうでなくてもよいのかもしれない。ただし、履修は「この順序に」と指定されている。「数学 A」 は「数学基礎」または「数学 I」と並行して、あるいはその後に履修させる;「数学 B」は「数学 I」を履修した後に、「数学 C」は「数学 I」および「数学 A」を履修した後にという規定がある。それにもかかわらず、「数学 A, B, C」の内容を見れば分かるように数学の体系性は破壊されている。



   日本 中国
高1     代数
  1, 2 次方程式、不等式、ベキ関数、指数関数、対数関数
  2 次関数    三角関数
  三角比 角の和と差の三角関数
      反三角関数と簡単な三角方程式
      立体幾何
      直線と平面
      多面体と回転体
高2    代数
  整式の除法   不等式
  複素数、高次方程式   数列と極限
  図形と方程式、直線と円 複素数
  指数関数、対数関数   順列・組み合わせ・二項定理
  3 次関数の微分、2 次関数の積分 解析幾何
      直線、ベクトル
      円錐曲線
      曲線の媒介変数表示
      極座標
高3 極限  復習
  数列の極限   総合復習
  逆関数・合成関数
  微分法
  積分法
A 三角形と円
  集合と論理
  場合の数と確率
B 漸化式と数学的帰納法
  ベクトル
  統計とコンピュータ
  数値計算とコンピュータ
C 行列とその応用
  2 次曲線
  曲線の媒介変数表示
  確率分布
  統計処理

 中国の高校数学は、『三点一測叢書』で見るかぎり、かなり高度で、かつたくさんの問題を課している。講演のときには、中国の問題の例をお目にかけよう。
 日本の「予備校」で、どのくらいの問題を解かせているか、実はよく知らないのだが、予備校でも、教師の話を聞くだけで自分から問題を解こうとしない生徒が多いという。これでは予備校に通っても何にもならない。
 大学で一年生に数学を教えたことがある。そこで感じたのは、計算が実に下手だということ。たとえば
 (x + 2)^3 + (x + 1) ^2

 を計算するとしよう。彼等はこうする:

 (x + 2)^ 3 + (x + 1) ^2 = x^3 + 6 x^2 + 12 x + 8 + x^2 + 2x + 1
 = x^3 + (6 + 1) x^2 + (12 + 2)x + (8 + 1)
 = x^3 + 7 x^2 + 14 x + 9

 これなどは、x^3 の係数は、x^3 は (x + 2) ^3 からしか出ないから 係数は 1, そして x^2 の係数は (x + 2)^ 3 からくる 6 と (x + 1) ^2 からくる 1 とで 7, という具合に暗算した方が速いし、間違いも少ないと思うのだが、どうだろうか?これは簡単な例だが、ことほど左様に彼等は式をズラズラ書く。練習不足の現われだろう。

6 物の理を教えない物理

 有名な都立高校に子どもを通わせていた同僚から聞いた話である。物理の教師が「落体の三法則」を話し「記憶しておくように」と言ったというのだ。
 「落体の三法則」とは何のことかわかりますか?普通の記法で書いて

     s = 1/2gt^2, t = root(2s/g), v = root(2gs)

 のことだそうです。これは、とりたてて記憶しなければならない公式だろうか?ちょっと考えれば導き出せる式ではないだろうか?導き出すところにこそ価値があるのではなかろうか?
 この例にかぎらず、高校物理は暗記科目になったらしい。困った事である。
 
 日本における教育が、学習指導要領の度重なる --- 独りよがりな? --- 改訂によって国際的に見て非常識なものに堕することを恐れる。





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