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 講 演 要 旨


<世界物理年に向けて>
アインシュタインの詫び状:ニュートン力学から相対性理論へ
広瀬立成
早稲田大学教授,東京郁立大学名誉教授



目 次
1 なぜ詫び状を書いたのか 19世紀末のヨーロッパ物理学会
2 1905年6月30日 特殊相対性理論の誕生
3 世界でもっとも有名な科学者 一般相対性理論の発表とその検証
4 20世紀のアインシュタイン 統一場理論の現代的意昧
参考文献
1 広溝立成『相対性理論の一世紀』(新潮社)
2 広瀬立成『現代物理への招待:宇宙物質生命の起源を探る』(培風館)
3 広瀬立成『入門・超ひも理論』(PHP研究所)

1 なぜ詫び状を書いたのか
19世紀末のヨーロッパ物理学会
「ニュートンよ。許したまえ」・・と,アインシュタインは「自伝ノート」(1949年発表)にしるしている。「あなたはあなたの時代において最高の思考力と創造力をもった人間に,かろうじて可能であった唯一の道を発見された。あなたの創造された概念は,現在でもなお,われわれの物理学的思考において指導的なものであります......」。20世紀最大の物理学者はいったいなぜ,2世紀前の大先輩に詫び状を書いたのだろう。(『相対性理論の一世紀』より)
●ニュートンの古典力学
普遍的な法則の発見:天体の運動と地上の物体の運動の統一的理解
長さ,時間,質量は不変
●マクスウエルの古典電磁気学
電磁波の発見とエーテル
マイケルソンとモーリーの実験:光の速度差は見つからない
「それでもなお地球は,自分の速さと同じ位の速さでエーテルを引っ張って動くので,エーテルと地球表面との相対速度は,ゼロあるいは非常に小さいという仮定で説明できるかもしれない」
フィツジェラルド:エーテルの圧力によって物体(測定装置)が収縮するローレンツ:フィツジェラルドと同じ解釈。
理論の整合性→エーテルの風によって時間も変化する
●アインシュタインの登場
*エーテルあり,光速はかわる。
*エーテルなし,光速一定――>絶対時間,絶対空間の否定
“ニュートンヘの詫び状”

2 1905年6月30日 特殊相対性理論の誕生

2.1 歴史に見る時間

 時間の二重性 
いまここで,「時間とは何か」と正面きって聞かれると,だれもが返事に困ってしまうだろう。アウグスティヌスがいうように,時間とはわかっているようでわからないものなのだ。ギリシャ時代にアリストテレスは,(時間は事物の運動あるいは変化によって知ることができるが,同時にそれは運動・変化を貫くものである)という時間の二面性を指摘した。それ以来,時間を事象から構成しようとする立場★1と,事象の生起する舞台★2とする立場から,多くの科学者が議論をたたかわせてきた。

 天体の運動 
時間が,いつでも,どこでも一様に経過するならば,周期的にくり返す現象を利用して時間をはかることができる。人類がはじめて注目した周期運動は,天体の運動であった。グノモンとよばれる最古の時計は,地上に立てられた1本の棒にすぎない(□1)。日時計(sun-dial)は,はじめバビロニア,エジプトでつくられ,しだいに東西に広がった。だが,それは曇天時や夜間には使えない。そこで,これを補うために,水の流れが用いられた。今日まで残っている最古の水時計は,バケツ状容器の底に穴をあけたもので,前1400年ごろエジプトでつくられた。この時代には,砂時計・ランプ時計・ろうそく時計なども工夫された。古代社会における時間は,日の出から日没までを等分してきめていたので,単位時間の長さは,昼と夜,季節などで異なり特定の地域内だけで通用するものであった。

 初期の機械時計 
14世紀に入ると,イタリアを中心としてヨーロッパ各地の教会,寺院,城塞,市庁舎などで,時を打つ装置をもつ公共的な塔時計があらわれた。そのころは,動力源として〈おもり〉を使い,時計の精度も1日30分程度で,したがって針は1本しかついていない。16世紀末以後,スペイン,オランダ,イギリスなどで航海がさかんになった。イギリス政府は,1714年に,2ヵ月間の航海後,誤差が2分以内の時計を発明した者に,2万ポンドという高額の賞金を与えることを約束した。イギリス人J.ハリソンは,1764年の航海で156日間に誤差54秒の成績をあげ賞金をえた(□4)。その後,宝石軸受の採用,脱進機★3の改良,温度膨張率の小さい金属材料(アンバー)の発明などによって,精度は年とともに向上した(□5)。

 時計の革命 
20世紀は,これまでの機械時計から,電気・電子時計への転換という大革命の時代である。水晶時計は1929年,W.A.マリソン(米)によって,原子時計は1949年,H.ライオンズ(米)によって発明された。今日の原子時計は,1日の誤差が1億分の1秒(10‐8秒)という驚くべき精度に達している(□6)。各国の標準時の基準は,イギリスのグリニジ天文台を通る子午線上の太陽時で,世界時とよぶ。日本の標準時は,明石市の時間で世界時より9時間進んでいる。ただし1972年から,原子時計による協定世界時が採用され,世界時との差が0.9秒をこえると閏秒で調整が行われる。

★1 たとえば,G.W.ライプニッツ(1646〜1716)に代表される。
★2 I.ニュートンの絶対時間の考えはこれにあたる。
★3 歯車に爪をかみあわせ、歯車のきざみを一定にする装置

2.2 光のスピード

 特殊相対論 
いま,ボールが速さυで飛んでいたとしよう。このときの〈速さ〉とは,地上の観測者がはかったものである。こんどは,ボールと同じ方向に速さV。で走る自動車からこのボールを見たとする。自動車にのっている人は,ボールの速度をυ−V。と観測するはずだ(□1)。このように地上で見る物体の速度は,観測者の立場によって変わる。
1905年,アインシュタインは特殊相対論を発表したが,それは2つの公理を前提としている。
1)相対性原理:たがいに等速運動していて,力学の慣性の法則★1がなりたつ座標系
(慣性系)では,すべての物理法則は同じ形式で表される。
2)光速一定の原理:真空中の光の速さは,すべての慣性系で同じ値をとる。
一定速度(加速度なし)で走る列車の上の座標系と地上の座標系は,たがいに慣性系の関係にある★2。列車の速度はどのようにでも変えられるので,慣性系は無限にあるということになる。相対性原理によれば,どのような慣性系でも,あらゆる物理法則――たとえば,ニュートンの運動法則とかクーロンの法則など――はまったく同じ形で表され,したがって,慣性系はすべて同等である。
光速一定の原理は,どのような慣性系から見ても光速сは変わらないことを意昧する。たとえば,光を一定の速さV。のロケットで追いかけたとしよう。□1の例から推測すると,ロケット上の慣性系から見たとき,光速はс−V。となるように思われる。だが,このときも〈光速はやはりсである〉というのがアインシュタインの主張なのだ。

 光速一定の原理 
光速一定の原理は,いろいろな現象を見るかぎり正しいようだ。たとえば□2のように,アメリカから日本へ電波を送る場合を考えてみる。アメリカから日本を見た方向が,地球の公転速度(時速約10万km)の方向と一致していたとする。光速一定の原理がなりたたなければ,地球はアメリカから発信した電波を追いかけるので,地球から見た光速はс−Vとなるはずだ。12時間後には,アメリカと日本の向きが反対になるので,光速はс+Vに変わる。実際には,このような光速の変化は認められない。
もう一つの例として,船泊が海上で位置をはかる場合をあげておこう。あらかじめわかっている2つの発信所からの電波を受信し,信号が船にとどくまでの時間をはかる。光速が一定ならば,2つの時間t1,t2を知って,発信所と船の距離をd1=ct1,d2=ct2 によって計算できる。したがって,船の位置はその交点として求められる(□3)★3。

 時計とものさし 
力学の現象を記述するためには,実際に時計とものさしを用いて事件がおこった時刻・場所をはからなければならない。アインシュタイン以前では,時計やものさしがどこにおかれ,どのような運動をしているかは考慮されていなかった。だが,特殊相対論によると,時間・長さは絶対的なものではなく運動することによって変わってしまう。ふつう地上の運動は,光速(時速300000km)にくらべるとはるかに遅いので,時間・長さのスケールの変化が観測にかかることはほとんどない★4。

★1 ニュートンの運動の第1法則である。力がはたらかないとき、物体は静止または等速運動をつづける。
★2 地球は、自転・公転しているので,地上の座標系は厳密には慣性系ではない。
★3 このシステムは,LORAN(Long Range Aid to Navigation)とよばれる。光速が地球の運動に影響されるとすると,このような方法を使うことはできない。
★4 高エネルギー素粒子のように,光速に近い速さで走る場合には大きな影響があらわれる。

2.3 動く時計は遅れる

 光時計 
〈時間も長さも絶対的ではない。この世のなかで変わらないのは光速だけ〉というならば,時間をはかるのに信頼できる方法は光を利用することしかない。そこで,光時計を用いて時間を測定することを考えてみよう。まず長さ15cmの筒の上部に光源を,下部に鏡をとりつける。上部から出た光は下面で反射し上部にもどる。このとき,筒の上にあるカウンターに1がはいる。光は往復30cm走るので――光速をc=3×1010cm/sとして――その間に30÷(3×1010)=10−9s=1ns★1だけ時間がかかる。したがって,カウンターの1単位は1nsに相当する。そこで,ある距離はなして光時計A,Bをおき,その間を第3の光時計Cを速さVで動かす。CがAの位置にあるとき,3つの光時計は0を示すように同期しておく。光の経路は,A,Bでは垂直であるが,Cでは時計が動くために――A,Bから見ると――斜めになる。つまりCでは,A,Bにくらべて光の経路が長くなる。したがって光は,Cで1往復する間にA,Bでは2往復する,ということがおこりうる。□1はそのような場合に相当し,A,Bが2ns進む間にCは1nsしか進んでいない。つまり,動く物体Cの上では時間が遅れるのである。
このことをもう少し定量的にしらべよう。A,Bが示す時刻をt1,Cが示す時刻をt2とする。Cとともに動く人にとっては,光は垂直に上下したように見えるから,時計の高さを?とすると?=ct2がなりたつ(□2a)。つぎに,A,Bにいる人がCを見たときには,時間t1を用いて,Cが動いた距離はυt1,Cの光が走った距離はct1となる(□2b)。ピタゴラスの定理によって,(ct1)2=(ct2)2+(υt1)2となり,

がみちびかれる。√は1より小さいので,t2<t1である。つまり,

動いている時計はゆっくり進む。
こういうと時計に原因があるように聞こえるが,〈動いている物体の上では時間そのものがゆっくり進む〉というように理解しなければならない。光だけを用いて時間をはかっているのだから,そこには何のごまかしもない。
ただし,時間の遅れは,ロケットの速度υが光速に近くないと効果をあらわさない。たとえば,マッハ1のジェット機を考えてみよう。マッハ1は音速(1秒間に約330m〕であるから(υ/c)2=(330/3×108)2=1.2×10−12であり,上式を用いると,t2〜(1−10−12)t1となる。1年は約3×107秒だから,マッハ1で1年間飛び続けていても時間は10‐5秒(10万分の1秒)ほど遅れるにすぎない。

 時間の遅れ 
1975年9月から1976年1月のあいだに,メリーランド大学のグループは原子時計をターポプロップ機につみこんで,1万メートルの上空を約15時間飛んだ。原子時計は,重力効果―――高い位置では重力が小さくなり時間を速める―――と,ここでのべた速度効果の影響をうける。測定値から重力効果を引いた値-5.7ns★2は,相対論の予言とぴったり一致した。素粒子は光速に近い速さで走るから,素粒子の世界では時間の遅れはつねに間題になる。たとえば,静止したミュー粒子は寿命2.20×10‐6秒で,μ-→e-+Be+νμ のように崩壊するが,高速で飛ぶミュー粒子の寿命はずっとのびる★3。ミュー粒子の上では,時間がゆっくり進むからである。

★1 10億分の1秒(10‐9s)を1ns(1ナノ秒)とよぶ。
★2 負号は速度効果によって時間が遅れることを意味する・
★3 相対論の効果がないとすると,光速で飛んだとして約660mしか走れない。しかし数十kmの大気上層で発生したミュー粒子が地上にとどいている。

2.4 同時刻は同時ではない

 同時とは 
「2つの事件がべつの場所で同時におこった」――この内容は厳密ではない。時計がどの座標系におかれているかによって,時間の進みかたが異なるからだ。つまり,ある時計ではかって同時刻におこったことも,べつの時計で見ればちがった時刻におこりうるのである。このことを,つぎの例で見てみよう。宇宙空間で,アメリカ(USA)とロシア(RUSS)のロケットがすれちがった(□1(a))。
以下は,アメリカの飛行士による報告である。2つのロケットがぴったり重なったとき,ロケットの中間点で光が発生した(図○a)。アメリカのロケットに対して,光は中心から前後に向かって等しい距離だけ走っているが,その間にロシアのロケットは後方に移動するので,光はまずロシアのロケットの後端に到達する(図○b)。やがて光が,アメリカのロケットの前・後端に〈同時〉に到達したことをたしかめた(図○c)。しばらくすると光はロシアのロケットの前端に達した(図○d)。そこでアメリカの飛行士はつぎのように結論した。「光はアメリカのロケットの前・後端に同時に達したが,ロシアのロケットでは同時ではない」と。
そこでロシアの飛行士から異議が出た。「自分が見るかぎり結論は逆で,ロシアのロケットこそ光を前・後で同時にうけている。アメリカのロケットでは同時ではない」と。ロシアの飛行士のいい方は□1(b)に説明されている○a→○b→○c→○dの順に追ってみると,たしかにそれも正しいようだ★1。

 長さも変わる 
この例からわかるように,同時刻というのは相対的なものである。同時性の相対性を認めると,もうひとつ常識破れと思われることがおこる。動いているトラックの長さをはかるとき,われわれはものさしをあて,その前・後端を同時に見る(□2)。A,B2人の測定者が,別々の慣性系にいるとしょう。Aは前・後を同時に見て8mといったが,Bにとっては,それは同時ではなく1秒のずれがあったとしよう。すると,1秒間にトラックは9m前進するので,その長さは17mということになる。時間がそうであるように,長さもまた絶対的ではないのだ。
速度υで動いている時計は,1に対して       を示す。一方,動いているものさしの長さは,止まっている人から見て,進行方向に,1に対して       のように縮む。日常生活に見る運動は,光速にくらべればきわめてゆっくりしているので,(υ/c)2→0とみなすことができる。つまり,相対論の効果を表す因子       は1と考えてよく,非相対論の極限としてのニュートン力学につながる。

 ミンコフスキー空間 
ニュートン力学では,時間と空間はたがいに関係のない別々の存在であった。だが,相対論では,それらはたがいに影響をおよぼす。3次元の空間座標に時間座標を加えた4次元の時空をミンコフスキー空間★2とよぶ。トラックの運動を時空座標で示すと□3のようになる(空間座標は1次元とした)。ニュートン力学では,場所を3次元空間中の点で表したが,相対論では事件はミンコフスキー空間中の点(世界点)に対応する。物体の運動は,その世界点を結んだ世界線で示される。□3では,トラックを結んだ線が世界線である。

★1 □1(a)の場合、アメリカのロケットから見てロシアのロケットの中間点は、光が走っている間に移動していることに注意。
★2 H.ミンコフスキー(1864〜1909) ロシア生まれのドイツの数学者。アインシュタインの考えを表現する数学的形式を完成した。

2.5 4次元の時空

 過去・現在・未来 
ミンコフスキー空間において,物理現象がどのように表されるかを考えよう。ただし,空間座標は1次元(x座標)としておく。時間軸は秒を単位とし,空間軸は光が1秒間に走る距離c=3×108mを単位とする。したがって,x=1は3×108mに相当する(□1)。こうすると,光の世界線は45°の直線になる。x正の向きに向かう光はL3→L1で,x負の向きの光はL4→L2で表される。すべての現象は。時間正の向き(下から上)に進む。観測者は原点(現在)にいるが,2つの直線に囲まれた影の部分でt>0を未来,t<0を過去とよぶ。原点から出発して等速運動する物体の世界線は,x正の方向へ進む場合が0P,x負の向きがO Qのようになる(□1)。x=0に静止した物体の世界線はt軸に一致する。
物体の速度が増加すると,世界線とt軸のなす角度は大きくなる。たとえば,OPよりOP’のほうが速く動き,最高速度(光速)に達するとL1またはL2に一致する。
等速運動しない物体の世界線は,OP”のように曲線になる。光の世界線をこえてしまったような運動(たとえばOR)は超光速★1である。この世の中の情報は光速以上の速さでは伝わらないから,ORのような現象はおこらない。また,過去から現在への運動はSOのようになる。4次元のミンコフスキー空間は□2のようになるが★2,光はこの円錘上を走る。これを光錐という。2次元の平面が3次元空間の断面であるように,4次元ミンコフスキー空間の切り口が現実の物理的な現象に相当する。

 超光速 
ただしここで,〈実際に実現できる速さはすべて光速以下〉といっているのではない。われわれが問題にしているのは〈原因があって結果が生ずる〉という困果関係をもつ現象なのだ。〈情報が伝わる速さ)と断わったのはその意味である。因果関係を無視すれば超光速も可能になる。たとえば□3に示すように,地球上で強力なレーザー光線の発生装置を1秒間に90°回転させる。そのとき月面を走る光点の速さは,毎秒60万kmで光速の約2倍になる。だが,このレーザー光線によって,光速より速く情報が伝わるわけではない。A点にいる人が,この光線を使ってB点に,情報を伝えようとする。たとえば,A点で事件がおこったとき,レーザー光線を強くするというように。そのためには,まず依頼の信号を地球に送らなければならない。そこで地球では,その信号をうけてレーザー光を強くして月に送り返すことになる。AからBへは超光速で情報を直接伝えられないことがわかる。

 電子の速度 
スタンフォード大学のSLAC★3で,電子を約33GeVのユネルギーに加速してその速度をしらべた。非相対論では質量m,速度υの粒子がもつ運動エネルギーはT=mυ2/2である。そこで,この公式にT=33GeVを代入して電子の速度を求めると,それは光速の359倍にもなる。実験では電子を1km走らせて時間を測定したが,電子の速度はきわめて光速に近かった。この実験でも,〈運動する物体の速度は光速をこえない〉という相対論の予想の正しいことが実証された。
こうしてアインシュタインの特殊相対論は,かずかずの実験的検証によって,その正しさがたしかめられてきた。その効果が1に対して(υ/c)2でしかあらわれないので,速度が光速よりはるかに遅い日常の現象ではほとんど影響をあたえない。

★1 このような粒子をタキオンとよぶ。
★2 図に描けないので空間座標は2次元として示した。
★3 Stanford Linear Accelerator Center(スタンフォード線型加速器センター)の略。

2.6 質量も変わる

 質量とエネルギーの同等性 
アインシュタインの特殊相対論は,時間・空間の概念を根底からくつがえしてしまった。時間・空間などごくありふれたものであるだけに,その絶対性を疑うことなど思いもおよばないことであった。ところが相対論は,常識の世界に,さらにもう一つの衝撃をあたえた。ニュートン力学の範囲では,物体の質量★1は,それがおかれている物理的条件に関係なく一定不変である。われわれは,ものの重さがまわりの状況によって変わるはずがないことを経験的に知っている。だがそれは,物体の運動が光速にくらべて無視できるというかぎられた状況での体験でしかありえない。
特殊相対論によれば,質量mの物体は,E=mc2のエネルギーと同等である。物体が静止しているとき,その質量をとくに静止質量とよびm0と書く。物体はすべて,静止エネルギー m0c2をもつ。運動する物体は全エネルギーE=mc2をもつが,それは運動エネルギーTと静止エネルギー m0c2の和で表される。すなわち
    E=mc2   =  T    +  m0c2         
全エネルギー  運動エネルギー  静止エネルギー
mは運動する物体の質量で,これを動質量とよぶことにしよう。運動エネルギーTは,非相対論近似(υ≪c)ではT=m0υ2/2と書くことができるが,これは厳密ではない★2。
 物体の運動が速くなると,運動エネルギーも増大するから動質量も大きくなる。相対論の計算によれば,運動による質量の増加は,
           m0                        1
      m=――――――― =m0γ    γ=―――――――
           
であたえられる。ここでも,時間のおくれ,物体の収縮を求めるときに出てきた因子
があらわれる。上で定義したγはローレンツ因子とよばれ,非相対論の極限(υ→0)で1,相対論の極限(υ→c)で無限大になる(□1)。γを使うと,動いている時計の遅れや,動いている物体の収縮をつぎのように書くことができる★3。
     t2=t1/γ,   ?2=?1/γ 
物体の速度が光速に近づくと(υ→c),物体は無限に重くなり,時間は停止し,物体は運動方向に長さをもたなくなる(□2)。

 質量からエネルギーを 
質量はエネルギーと同等であるから,エネルギーをとりだそうとすると,かならずエネルギー源の質量は減少する。しかし,ニトログリセリンの爆発でも,エネルギーに転化する質量は100億分の1にすぎない。爆薬の大部分は,液体やガスになって爆発後も残っている。質量をいかに有効にエネルギーに転化するかは,人類にとって重大問題である。昔の人々は,エネルギーをいくらでもとりだせる永久機関ができないものかと,あれこれ頭をひねった。そんな苦労の跡のいくつかを□3に紹介した。どれも一見うまくいきそうに見えるが,だめである。□4は,宇宙線中の高エネルギー素粒子が測定器の壁にぶつかり,多数の素粒子が発生したことを示す泡箱写真で,エネルギーが質量に転化した例である。
★1 重力質量と慣性質量がある。重力質量は天秤ではかることができ、慣性質量は、物体の運動からニュートンの運動方程式,力=(慣性質量)×(加速度)からきめる。
★2 ニュートン力学における運動エネルギーm0υ2/2は,物体の速度が光速に比べて遅いときにだけ成り立つ。
★3 (t1, ?1)は静止した系の,(t2, ?2)は動いている系の時間と長さを示す。

2.7 いろいろなエネルギー

 燃焼 
すでに見たように,質量からエネルギー,あるいはエネルギーから質量への転換は,素粒子反応ではふつうのこととして観測されている。では,巨視的な規模で質量からエネルギーをとりだすのに,どんな方法があるのだろうか。もっともふつうのやりかたは,物質を燃やすことだ。たとえば,1gの炭素(C)が酸素(O2)と結合して炭酸ガス(CO2)を発生する場合,2キロカロリー(kcal)の熱が発生する(□1)。このとき,燃やしたあとの質量(CO2)は,燃やす前の質量(C+O2)にくらべて少し軽くなっているはずだ。その軽くなった質量が,2kcalの熱エネルギーに変わったのである。相対論の関係式E=m0c2を使って,2kcalに相当する質量を求めてみよう。1cal=4.2J(ジュール)であるから,2kcal=8.4×103Jである。これがm0c2に等しいので,c=3×108m/sを代入して,

をえる★1。燃焼によって,1gに対して10‐10gが失われるので,熱になる割合は100億分の1(10‐10)にすぎない。ニトログリセリンが爆発する場合も,質量からエネルギーへの変換効率はこの程度である。

 核分裂 
原子力発電は,核分裂反応で放出される核エネルギーを利用する。ウラン235(U235)に低エネルギーの中性子をあてると,ウランは2つの原子核A,Bに分裂し,同時に数個の中性子と235MeV★2のエネルギーが放出される(□2)。U235は陽子92個,中性子143個からなる。陽子・中性子の静止質量をエネルギーに換算★3すると0.94GeVであるから,U235の静止質量はエネルギーに換算して約220GeVとなる。したがって,放出したエネルギー235MeVは,もとの質量に対して約0.1%(10‐3)に相当する。これは,物体の燃焼にくらべて1000万倍(107)の効率になる。たとえば,ウラン1sは石炭1000tonにも匹敵する。燃焼(C+O2→CO2)は,分子が関与する化学反応である。そこで放出される化学エネルギーは,核分裂反応による核エネルギーにくらべると非常に小さいことがわかる。

 核融合 
もう一つの核エネルギーとして核融合反応がある。太陽のようにみずから光り輝く星,恒星の内部では,核融合反応によってばく大な熱が宇宙空間に放出されている。太陽のなかでは,□3に示すように水素原子核が結合してそれより重いHe3とかHe4が生成し,26.2MeVのエネルギーが放出される。これは,核分裂の数倍の効率に相当する。核融合は,核分裂とはちがって大量の放射性物質を生ずることがなく,また原料としての水素も海水中には豊富にあるから,これからのエネルギー源として注目されている。
素粒子反応では,粒子・反粒子の消滅によって,質量は100%エネルギーに転化する。もしかりに,物質を消滅させ,質量をすべてエネルギーにかえることができれば,人類は永遠にエネルギー不足に困ることはないだろう。たとえば、1sの物質を消滅させると,約1017Jのエネルギーが発生する。これは日本全体が消費するエネルギーの数日分にもなる。物質を消滅させるためには反物質との接触が必要であるが,反物質★4はかんたんにつくることができない。

★1 MKS単位ではm,kg,sを用いる。このときエネルギーはジュール(J)である。
★2 MeVは100万電子ボルト(106eV),GeVは1000MeV(109eV)
★3 E0=m0c2による。
★4 反粒子からなる物質のこと。物質と出あうと消滅してしまうので物質と共存できない。

3 世界でもっとも有名な科学者
一般相対性理論の発表とその検証

3.1 一般相対性原理
 加速度運動 
特殊相対論は,ニュートン力学の絶対空間・絶対時間という特別な空間・時間の存在をしりぞけ,物理法則はあらゆる慣性系で同じ形をとるべきことを主張している。特殊相対論は,υ→0の極限でニュートン力学に移行するが,その意味で,古典力学をふくんだより広い一般化された理論,ということができる。だが,この理論は〈特殊〉という文字が示すように,運動を等速運動に限定している。このような制約をとりはらい,加速度をふくむ任意の運動にあてはまる一般相対性原理をたて,それを基礎にして,力学・光学・電磁気学および宇宙論をあつかった運動の根本理論が一般相対論である。
慣性系とは,等速直線運動をする系であるから力は作用しない。これはちょうど,一定速度で走る列車にくっついた座標系のようなものだ★1(□1)。一方,加速度運動している座標系では,遠心力のようなみかけの力(慣性力)があらわれる。自動車や列車が曲がるとき,からだが外側へ引っぱられたり,列車が動くときや止まるときにからだが傾くのは,この慣性力のためである(□2)。

 ロケットの実験 
ここでつぎのような思考実験をやってみよう。宇宙のはての重力が作用しない空間をロケットが飛んでいる。エンジンを吹かさないときは無重力状態であるから,外力がいっさいはたらかない慣性系が実現している。だから,手にもったリンゴから手をはなしても,リンゴはその位置にとどまる。そこで,ロケットがエンジンに点火して加速度運動をはじめた。すると,いままで空中に浮かんでいたリンゴはロケットの床に落下し,飛行士は,慣性力が作用して床におしつけられるように感じる。もしロケットの加速度が,地球の重力加速度g=9.8m/s2と等しいなら,飛行士は,地上と同じように行動できるだろう□3)。

 慣性力と重力 
ここで大切なことは,飛行士がロケットのなかのリンゴや自分自身の運動を見て,これが慣性力によるものか重力によるものかを見わけられない,ということだ(□4)。すなわち,飛行士が窓の外を見たりしないかぎり,ロケットが加速されつつあるのか,それとも――こんなことはおこりえないが――急に近くに天体が近づき重力が大きくなったのか,自由落下や物の重さだけからは判断できないのだ。加速度運動によるみかけの力(慣性力)と,地球などの物体がおよぼす真の重力との区別がつかなければ,ロケットの飛行士は,「自分は加速度(慣性力)が作用している非慣性系にいる」ということもできれば,「いや,自分は慣性系にいるが,物体には真の重力がはたらいている」と主張することもできる。
このような考えにたてば,もはや慣性系と非慣性系との差はありえないことになる。あらゆる座標系は同等であり,それらの間には相対性がなりたたなければならない。これこそアインシュタインがめざした一般相対性原理なのだ。ニュートンによれば,慣性系は,あらゆる座標系のなかで特別の地位をしめ一種の絶対座標系とみなされた。だが,アインシュタインは,それとは反対の立場をとり1916年つぎのような大胆な提案をした。
一般相対性原理:すべての物理法則は,いかなる座標系を基準にとっても,まったく同じ形式で表すことができる。

★1 地球は自転・公転をしているから厳密には慣性系ではない。

3.2 等価原理

 等価原理 
慣性系だけにかぎられていた相対性原理は,あらゆる座標系を対象とした一般相対性原理へと拡張され,一般相対論への重要な出発点となった。ここでもう一つの前提となっている等価原理について説明しよう。
ロープが切れて自由落下するエレベーターを考える。このなかの観測者がリンゴを手にもって自由落下している□2)。そこで,この人がリンゴから手をはなすと,リンゴは宙に浮いたままその位置を保つ。ところで,地上の人にとって,リンゴはニュートンの法則★1にしたがって,重力加速度?(9.8m/s2)で落下しているように見える。一方,エレベーター内の観測者に対しては,リンゴは空中に静止しているのだから――重力が存在しているにもかかわらず――重力の作用は認められない。これは,〈すべての物理法則が座標系によらず同じ形に表せる〉という一般相対性原理に矛盾しないだろうか。もし,ロケット内で重力を消すことができればぐあいがいい。
電軍が加速するとき,加速度と逆の向きにみかけの力(慣性力)がはたらくことを3.1節で学んだが,リンゴも重力加速度をうけ自由落下しているのだから,みかけの力が上向きに作用しているはずだ(□3)。そこで,アインシュタインは,このみかけの力,慣性力を重力・電気力・磁気力のように本物の力にまで昇格させ,慣性力が重力と相殺した結果,リンゴには外力が作用しなくなると解釈した。つまり,エレベーターが地球に向かって自由落下しつつあるとき,そのなかは無重力状態になっているのだ。この解釈によれば,逆に無重力状態にあるロケットでも,噴射によってロケット内に重力場をつくりだすことができるということになる。アインシュタインは,このことを自然が教えてくれる重力についての貴重な情報と考え,力学現象ばかりでなく,すべての物理現象に対してつぎのような原理を要請した。
等価原理:適当な加速度運動をする座標系★2をとることにより,重力の大きさをどのようにも変えることができる。とくに,無重力状態をつくることができる。

 光も曲がる 
加速度と重力の関係を光学現象に応用すると,驚くべき結論がえられる。加速度をもって上方へ進んでいるロケットには下向きに慣性力が作用する。ここで,ロケットの右側から光が放射され左側に達したとする。この間にロケットは上方へ移動しているので,光は左側に着いたときいくらか下へずれているだろう。ところで,もしロケットが静止していてロケットに下向きに重力がはたらいていたとすると,それは慣性力とは区別できないので,光はやはり加速度運動の場合と同じように下向きに曲げられるはずだ。1919年,A.S.エディントン侯をリーダーとしたイギリスの日食観測隊は,アフリカにおいて太陽の近くを通る星の光が曲がることを発見した。その角度は,アインシュタインの予言(1.75°)と一致することがたしかめられた(□4)。アインシュタインはまた,遠くの星の光が近くの星の重力場で曲げられリング状になるという重力レンズの存在を予測した。1979年,おりしもアインシュタイン生誕100年記念の年に最初の重力レンズが観測された。

★1 質量mの物体にはmgの重力が作用する。この場合の質量mを重力質量とよぶ。一方、加速度αの運動はm'αの慣性力を生ずるが、m'を慣性質量とよぶ。本来mとm’はまったく異なった意味をもつものである。
★2 たとえば噴射しているロケット内に設置した座標系。

3.3 空間はゆがむ

 非ユークリッド空間 
直線とは〈2つの点の間の最短の道すじ〉として合理的に定義される。これは,平面ばかりでなく曲面上にも拡張できる。一方,光線はつねに空間の最短距離を通り,しかも重力場で曲げられるという性質をもつ(3.2節参照)。これらの点を考えあわせると,〈重力場によって空間そのものがゆがめられる〉という結論をひきだすことができる。一様な空間では,直交座標にもとづくユークリッド幾何学がなりたつが,重力場では曲面上の点を指定する曲線座標としてのガウス座標が必要になる(□1)。特殊相対論を幾何学化したものがミンコフスキー空間であった。それは,ある種の直交座標で表され,ユークリッド空間でなりたつピタゴラスの定理(□2)をわずかに修正するだけですんだ★1。これに対して,一般相対諭を幾何学化したものは,ガウス・リーマンの空間(非ユークリッド空間)とよぶ,ゆがんだ空間になる。
ニュートン力学では,空間は3方向に一様に広がったユークリッド空間であり,それはいわば物質を包む〈容器〉とみなされた。物理現象の舞台としての時空の幾何学,ユークリッド幾何学★2は,そこに盛りこまれた物質や,そこで演じられる物理現象によって影響をうけることはなかった。時空とは,あらかじめ神からあたえられた絶対時間・絶対空間であり,外界のできごとには無関係な抽象的な存在と考えられていた。
ところが,一般相対論は,時空の構造をそこに存在する物質の状態によって規定する。物質は重力場を生じ,その重力場は時空をゆがめるのだ。こうしてアインシュタインは,時空を神の手から奪いとり,自然科学の対象にまで引きずりおろしてしまった。

 平行線と空間 
ゆがんだ空間とはどんなものだろう。そこでなりたつ非ユークリッド幾何学の例を見ながら考えることにしよう。ユークリッド幾何学(□3)では,直線L上にない点Pを通り,Lに平行な直線は1本しか引けない★3。また,三角形の内角の和は180°に等しい。だが,非ユークリッド幾何学では事情はがらりとかわる。□4,□5に示すように,曲面はその曲がりかたから2種類にわけられる。一つは馬の鞍のような曲面(鞍面)であり,他の一つは球面である。このような曲面上では,いわゆる〈直線〉をかくことはできないが,2点を結ぶ最短線として直線の概念を拡張できる。鞍面上では,点Pを通りLと交わらない最短線は何本もかける。一方,球面上では,そのような最短線は存在しな。また,三角形の内角の和は,鞍面上では180°より小さく,球面上では180°より大きくなる(□4,□5)。

 開いた空間・閉じた空間 
アインシュタインは,重力場によってゆがんだ4次元(時間と3次元空間)の時空を,非ユークリッド幾何学としてのリーマン幾何学によって記述した。宇宙空間には銀河(物質)があるので,空間は当然その重力場によってゆがんでいる。2次元の曲面からの類推で,もし空間が鞍形のようであれば宇宙は開いているし,球形のようであれば閉じていると考えることができる★4。宇宙が開いているか閉じているかは,そこに存在する物質によってきまるのである。

★1 4次元空間での長さの2乗は Δx2+Δy2+Δz2−Δt2のようになる。
★2 ユークリッド BC300年ごろ活躍した古代ギリシャの幾何学者。「幾何原本」13巻を著した。
★3 ユークリッドの「幾何原本」にある5つの平面公理のうちの5番目のもの。「平行線の公理」として有名。
★4 アインシュタインは、重力理論からみちびかれる宇宙方程式を解いて、球面のように閉じた端のない宇宙というモデルを提案した。

4 20世紀のアインシュタイン
統一場理論の現代的意味
4.1 自然界の力
 4つの力 
自然界には,4つの基本的な力,重力・電磁力・強い力・弱い力がある(□1)。重力は天体間にはたらく力としてマクロの世界に特徴的な力であるが,他の3つの力は,すべてミクロの世界にあらわれる(電磁力はマクロの世界にも姿を見せるが)。強い力は,陽子・中性子を強く束縛し原子核をつくる。陽子・中性子はクォークから構成されているのだから,クォーク間にはたらく力も基本的にはこの強い力である。電子と原子核(陽子)の間には,電磁力が作用し引力をおよぼす。この引力と遠心力がつりあって,電子は一定半径で回転するのである(□2)。
弱い力は,素粒子の崩壌をひきおこす力として知られている。たとえば,中性子は平均寿命15分でn→p+e-+Beのように崩壊する。Beはニュートリノの反粒子★1を表す。このように,中性子は単独で存在するときは不安定だが,陽子とともに原子核に束縛されているときは安定である。さもないと,物質はずっと昔に崩壊してしまっただろう。

 力の到達距離 
力の特徴を表す物理量に,作用範囲と強さがある。重力と電磁力がマクロの世界にあらわれることは,その作用範囲が十分大きいことを示している。強い力は,陽子や中性子が接触する程度の距離にあるときはじめて有効に作用する。すなわち,その作用範囲は
約10‐15m――粒子の大きさ程度――である。核子間の強い力とハドロン内のクォークに作用する強い力の起源は同じであるが,その〈あらわれかた〉に大きなちがいがある。つまり,クォーク間の力としての強い力は〈1次元の力〉であり,したがって距離がのびれば強くなる。しかし.2つのクォークが10‐15m――ハドロンの大きさ――以上離れると,クォークを結ぶゴムひもが切れて,その切り口にはクォーク・反クォークがあらわれる★2。つまり,クォーク間の強い力は,10‐15mの範囲内でのみ作用する力なのだ。したがって,ハドロン間の強い力は,クォーク間の強い力の〈しみ出し〉と考えることができるだろう。だから,作用範囲も10‐15mと短くなる。弱い力の作用範囲はさらに小さく,強い力の1000分の1ほど(10‐18m)である。

 力の強さ 
□3に,力の作用範囲と力の強さのめやすをまとめた。マクロの世界の常識では,力が強ければ作用範囲も大きいように思われるが,強さと作用範囲はまったくちがった概念である。重力は,他の3つの力にくらべると驚くほど弱いが,作用範囲が大きいので遠くの星にも作用する。
これらの4つの力は,すべて近接作用論――力が時間をかけて伝わる――で理解できる。たとえば,電磁力は,電荷をもつ粒子(荷電粒子)の間に光子★3が交換することによって伝播する。光子の伝播速度は光速以上にはなりえないから,〈電磁力は有限の時間をかけて伝わる〉ということになる。クォーク間の強い力は,グルーオンによって伝えられる。また,弱い力を伝播する粒子を弱中間子(ウィーク・ボソン)とよぶ。これまで,ニュートリノを用いて弱い力の研究が精力的に進められてきたが,力が弱いので観測がむずかしく装置も巨大化している(□4〕。

★1 電子と対になって発生するニュートリノには添字eをつける。電子,ミュー粒子,タウ粒子と対をつくる3種類のニュートリノがある。
★2 真空中からクォークと反クォークの対が生成する。
★3 電磁波の粒子的な描像をこうよぶ。

4.2 クォークとレプトンに作用する力

 6つのクォークとレプトン 
クォークとレプトンは大きさのない点状粒子であるから,物質の窮極要素と考えることができる。現代の物理学では,いったいいくつのクォークとレプトンが予想されるのであろうか。4つの力は,クォークとレプトンにどのように作用するのか。
標準的な理論が予想する6つのクォークとその反クォークを□1に示す。アップ・クォークから質量の順にならべてあるが,6番目のトップ・クォークはまだ実験で確証されていない。レプトンも,電荷をもつもの(電子,ミュー粒子,タウ粒子)と,電荷をもたないもの(3つのニュートリノ;νe,νμ,ντ,)をあわせて6つある。3つのニュートリノは区別しなければならない。それらは,電子・ミュー粒子・タウ粒子と対になって素粒子反応に関係するからだ★1。
たとえばパイ中間子の崩壊π+→μ++νμ では,ミュープラスと対をつくるべきミュー・ニュートリノがあらわれる(□3)。

 世代 (ジェネレーション) 
クォークもレプトンも6つずつある。この一致は偶然なのだろうか。クォークとレプトンの対応は,□4のように書くといっそうはっきりする。クォークについて,電荷Qが2/3のものと−1/3のものを対にして〈2つ組み〉をつくり,質量の順にならべる。レプトンも同じように,電荷0と−1のものを対にする。クォーク,レプトンともに,上段と下段の電荷の差は1である。3つの対を,質量の小さい方から,第1・第2・第3世代とよぶ★2。このような両者の対応関係は,その背後に何か深いつながりを予想させるものがある。
クォーク,レプトンにはたらく力を考えよう。電磁力は,電荷をもつすべての粒子,したがって,6つのクォークとe‐,μ‐,τ‐に作用する。これらのクォークとレプトン間には光子が交換し電磁力を伝える。強い力は,クォークにしか作用しない。つまり,グルーオンはクォーク間にのみ交換されるのだ。弱い力は,クォークにもレプトンにもはたらく。とくに,ニュートリノは電荷をもたないので,弱い力のみが作用する。したがって,ニュートリノが関係する素粒子反応は,かならず弱い力によっておこる。現在,多くのニュートリノが地球にふりそそいでいるが,それらは相互作用が弱いので人間のからだも地球もかんたんに通りぬけてしまう。クォーク,レプトンと力の関係を□6にまとめた。

 素粒子と重力 
ふつう,クォークやレプトンのような質量の小さな要素を考えるかぎり,重力は問題にならない。重力は,2つの粒子の質量の積に比例するからだ★3。だが,重力は粒子の距離の2乗に反比例するので,2つの粒子が非常に接近すると効果があらわれてくる。重力が重要になる距離はどのくらいかといえば,10‐35mという気が遠くなるような微小な距離である。クォーク,レプトンをこのような微小距離まで接近させるには,よほど強い衝突をおこさせる必要がある。がしかし,今日の加速器がつくりだす最高エネルギーを利用しても,クォーク,レプトンはたかだか10‐18mまでしか近づけない。そのような場合,重力の効果は無視できるのである。

★1 中性子のベータ崩壊n→p+e-+Beでは,e-と対をつくるのは反電子ニュートリノBeである。
★2 標準理論は世代の数に対して予言能力をもたない。最近のLEPの実験で世代数が3と決定された。

★3 粒子の質量をm1,m2粒子間の距離をrとすると,重力は となる。

4.3 力の統一
 アインシュタインの夢 
複雑きわまりない物質の世界も,それをミクロの世界へ追いつめてみると,クォークとレプトンという2種の要素に還元されてしまう。〈より単純なものを追求する〉というこれまでのやりかたを,力についても適用できないものだろうか。4つの力は,強さも作用範囲も大きくちがっていて,あまりにも複雑に見える。力の根元を探るべく最初に挑戦した人は,アインシュタインであった。かれは,人生の後半を電磁力と重力の統一に投入したが成功しなかった。そのアインシュタインの夢が,まず電磁力と弱い力の統一として実現した。アインシュタインは不幸であった。20世紀前半においては,電磁力と重力しかわかっていなかったからだ。すでに見たように,重力は他の3つの力にくらべて,あまりにも弱くかけ離れた存在であり,そういう力が電磁力と簡単に折りあうはずがない。
ワインバーグとサラムは,電磁力と弱い力をゲージ理論の枠組のなかで統一的に記述することに成功した。これを統一理論とよぶ★1。ゲージ理論については,数学の知識を必要とするので詳細にはふれないが,4つの力を記述するもっとも基本的な理論であることを注意しておく。
 大統一理論 
統一理論は,弱中間子が3種類★2――電荷がプラス・マイナス・ゼロ――あり,それらの質量が,陽子の約100倍であることを予言した。1983年セルンの陽子・反陽子コライダーでは,弱中間子が発見された(□1)。実験結果は理論の予想とよく一致しており,統一理論の正しさが実証された。統一理論の成功に気をよくした物理学者は,つぎのステップ,すなわち大統一理論の構築にとりかかった。電磁力と弱い力はすでに統一されて電弱力となっている。ここに強い力をとりこみ,3つの力を一本化するのだ。ミクロの世界にあらわれる3つの力が統一されれば,クォークやレプトンのふるまいは一つの力で記述できてしまう。これはうまい話だ!
物理学の歴史をふり返ってみると,理論はしだいに統一化の方向に進んでいることがわかる。ニュートンは,天体の間にはたらく力も,地上でリンゴを落下させる力も,それらがすべて万有引力の法則で説明できることを示した。ニュートンがつくりあげた重力の古典論は,20世紀に入ってアインシュタインによって受けつがれ,一般相対論へと発展した。電気・磁気の現象は,マクスウェルによって統一的に理解できるようになった。電流はそのまわりに磁場を発生する。電流は,電荷(電子〕の運動によってつくられるのであるから,磁場の原因は電気にあるということができる。マクスウェルによって完成した古典電磁気学は,ミクロの電磁現象をも包括する量子電気力学★3へと拡張された。
すでに見たように,電磁力と弱い力の統一によって統一理論★4ができ,さらに,それは大統一理論へと進んだ。これが標準理論である。大統一理論の先には,重力をもとりこんだ真の統一理論があるにちがいない。超ひも理論は,そのような理論の有力候補の一つとみなされている。

★1 光子,弱ボソン,グルーオン,重力子(グラビトン)をゲージ粒子とよぶ。
★2 W+,W-,Z0のように記す。
★3 W.K.ハイゼンベルグとW.パウリによって波動場の量子論がつくられた。朝永振一郎とS.シュヴィンガーは(くりこみ)の処法を発見し量子電気力学を完成させた。
★4 Super String Theory.

4.4 標準理論を超えて

 クォーク・レプトンの転換 
4.2節の□5からもわかるように,強い力はクォークだけにはたらき,そのことによってクォークはレプトンから区別された。だが,大統一理論では,強い力は電磁力・弱い力とともに一本化されているので,もはやクォークをレプトンから区別することはできない。言葉をかえれば,大統一された力のおかげで,クォークとレプトンはたがいに自由に転換できるようになったのだ。たとえば,陽子(uud)中のクォークが陽電子(e+)に変わることができる。その結呆,〈陽子→中性パイ中間子+陽電子〉のように陽子の崩壊がおこる。理論は,陽子が1031年という途方もなく長い寿命をもつことを予言している。しかし,たとえば1000トンの水のなかには,約1032個の陽子があるから,そのなかの何個かは1年くらいで崩壊するものもあるだろう★1。この実験では,莫大な量の水(陽子)を必要とし,また宇宙線などのバックグラウンドを避けるため,装置は地下の深部に設置される(□1)。

 超ひも理論 
強い力,電磁力,弱い力をゲージ理論の枠組のなかで統合するという標準理論は,これまでに観測されてきた実験事実をみごとに説明する。だが,今一歩突っこんで考えてみると,標準理論にも満足できないところが多くあることがわかる。クォークとレプトンがいずれも3つの世代からなり,ちょうど周期律表のように同じパターンが3回も繰り返すのはなぜだろうか。それは,クォーク・レプトンの背後にもっと基本的な要素があることを示唆するのではないだろうか。クォーク・レプトンの質量はなぜあるのだろうか★2。重力をふくめ4つの力をすべて統合することはできないのだろうか……。
これらの問題に答えるべく,超ひも理論についての研究が精力的に行われている。この理論によれば,クォーク・レプトン,さらに力を媒介するゲージ粒子(光子,弱ボソン,グルーオン,重力子)は,ひもの振動数の違いとして表される。また,2つのひもがくっついたり離れたりすることにより,粒子間の相互作用が説明できる。
超ひも理論は,ハドロン(強粒子)のひも理論として南部によって提案された古典的なひも理論の発想を基準にしている。“超”(super)という語は,この理論に超対称性(Super Symmetry)とよぶ新しい概念が導入されていることを意味する。超対称性は,重力場を取りこみ量子化する上で本質的に重要な役割を担う。理論に超対称性を課すことより,クォーク・レプトンおよびゲージ粒子に対して,超対称性パートナーが予言される。たとえば,電子(e)に対してs電子(@)★3が,クォーク(q)に対してsクォーク(A)が存在しなければならない★4。
超ひも理論は,自然界に存在する基本的な粒子と相互作用の種類についての予言能力を秘めたすばらしい理論である。しかし,まだ解明されていないことも多く残されており,今後の研究に期待がよせられている。

★1 寿命とは統計的な量だから,その前後にふらつきがある。このことは人間の寿命が,平均寿命のまわりに広く分布することを考えればすぐわかる。
★2 光子,グルーオンが質量0であるのに対して,弱中間子は陽子の約100倍もの質量をもつ。標準理論では,質量を発生するために「ビッグス機構」が仮定されている。
★3 SはSuper Symmetryの頭文字を表す。
★4 eやqのスピンは1/2であるのに対して,@,Aのスピンは1である。

4.5 20世紀のアインシュタイン:統一場理諭の現代的意昧

● 重力場と電磁場を統一的に記述したい
――>より根源的な法則へ

● 1921年,カルツアによって提案
5次元リーマン空間を用いて重力場と電磁場を統一的に記述

● 量子力学における基本法則(基本的力の統一)
統一理論:電磁力と弱い力の統一
大統一理論:電磁力,弱い力,強い力の統一

● 究極の理論
超ひも理論?


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