戻る
 講 演 要 旨


世界物理年キックオフ会議に参加して
堀井香奈子 お茶の水女子大学理学部物理学科3年



1.はじめに
 このたび学術研究ネットの第6回講演会でお話させていただくことになりまして、大変光栄に思っております。不慣れですが、私がパリでの国際会議で体験してきたことを皆様にお伝えできればと思います。未熟なところも多いと思いますが、どうぞよろしくお願いいたします。
 世界物理年キックオフ会議は、正式にはLaunch Conference WYP2005と呼ばれるもので、世界物理年である2005年の幕開けとなるイベントでした。1月の13日から15日までの3日間パリで開催され、日本からは私を含め5人の学生が参加しました。
 Launch Conference WYP2005に日本代表団の一員として参加させていただき、本当に多くのことを学ぶことができました。初めて体験した“記者会見”、初めてのパリ滞在、初めて目にした“国際会議”、卓越した物理学者の興味深い講演、新しい友人・同志との出会い。書き表しきれないほどたくさんのことを勉強し、成長して帰ってきたと自信をもって皆様にご報告できると思います。私の見てきたこと、感じたことや考えたこととともに、この会議に参加した成果を多くの方々に知っていただければ幸いです。

2.出発まで
 12月の末に大学の電子掲示板でこの国際会議に参加する学生を募集していることを知り、迷わず応募しました。世界物理年のこともろくに知らなかった私にとって、これは運命としか思えない出会いであったといえるでしょう。パリに行かれるからという半ば不純な動機で興味をもちましたが、要項を読めば読むほど参加への意欲は高まりました。こんなときには不思議なインスピレーションが働くもので、まさに私のために開かれる国際会議であるかのように思えてきてしまうのでした。大学の先生が推薦状を書いてくださり、このおかげで私は15人の応募者の中から日本代表団の一人として選ばれたのです。実はこの国際会議は、物理オリンピックの参加者が対象となっていました。日本は今まで物理オリンピックに参加してこなかったため、該当する人がいませんでした。ところが、急遽きちんとした選考を行うならば参加できるということが決まり、本当に短い期間で募集がなされました。迷っている時間、ためらっている暇はありませんでした。ですので、この15人の応募というのは少なく見えても、実際は意欲のある学生がとても多いということをあらわしているのです。
本当のところ国際会議が始まるまで、こんな私が参加してよいものかと心配でした。1月7日の結団式では、日本代表としての自覚が芽生えました。その後の数日間はうまく任務をまっとうできるのかと不安で、自分なりに私に出来ることは何かを考えました。
まず5人の学生代表のうち女性は私だけでしたので、物理学を志す女性として出来ることをしようと思いました。物理は一般に「難しい学問」と思われていて、特に女性には人気がありません。そもそも学問に男女の向き不向きがあるのか、今まで物理を学んできた女性が少数であるために女性に受け入れやすい教育体制ができていないのか、日ごろからこのような疑問を持っていたので、この会議で女性物理学者の講演をうかがったり、他国からの女学生との交流をしてみようと思いました。
それから、私は現在科学未来館でボランティアとして活動しています。また大学では教職課程の授業を受けております。そのため、「教える」ということや科学のおもしろさを「伝える」ということに関心があり、なにかヒントになるものを見つけて、今後活かしていける機会になればと感じていました。
 それから英語でのコミュニケーションを積極的にしようと心に決めていました。中学、高校、大学で英語を学んできたのだから、ある程度の会話はできるはず。ためらわずに思ったことを聞き、自分の考えを素直に伝えるということは、自分の努力次第で必ず出来ることだと思ったからです。

3.無事到着
 実際はパリに到着すると、出発までに感じていたような不安は消えうせました。他の日本代表学生とも打ち解けて話すことができ、他の大学で物理を学んでいる人と交わるだけでも勉強になりました。私の大学での勉強の仕方について、もっと本を読んだり、演習問題を解いたりすることが必要だなあ、と飛行機の中でレポートに取り組む代表学生の姿を見て実感しました。同じ国の学生と大学の授業形態や興味の対象を話しあうだけでもこれだけ楽しいのだから、言語や文化からして全く異なる他国の学生と交流することはさぞかし楽しいであろうと不安は期待へと変わりました。
 私にとって、これは初めてヨーロッパに足を踏み入れる機会となりました。当然パリの街も初めてでしたので、見るものすべてが新鮮でした。UNESCOの建物に入るために空港のような金属探知機でのボディーチェックがあることにおどろきました。考えてみれば当然のことですが、そのような場所に自分が立ち入るのだということが信じられませんでした。レポート用紙や記念の時計の入った学会のバッグをいただいたり、物理関連の本がブースを作って並べられていたり、2階席まである広い会議場の各座席には同時通訳用のヘッドセットがついていたり。おどろくことは数々でしたが、すっかり国際会議の雰囲気が気に入りました。物理学者や教授の方々にとってこれらはごく当たり前のことなのだろうと思うと、はしゃいでいる自分がまだまだ未熟だなと思うと同時に、そのような方々と同じ場で会議に参加できるということがまた私を興奮させるのでした。

4.コミュニケーションについて
 他国からの学生との交流についてですが、はじめは誰もがみな遠慮がちに様子を伺っているような印象がありました。初対面でためらったり、しりごみしたりするのは、日本人に限ったことではなく誰にでもあることなのだと感じました。しかし、会議の合間のコーヒーブレークを2回はさむと、かなりの友人ができて、作って持っていった名刺が大分減っていました。会話の内容としては、それぞれの国のことやパリまでの旅、関心のある物理分野や将来の専門分野のことなどが最も多かったようです。
 英語での会話において全く苦痛はありませんでした。言葉の壁よりも、相手と会話したいという気持ちのほうがはるかに上回っていました。話したいという情熱があればよいとわかったことで、自信につながりました。その情熱こそがコミュニケーションにおいて最も大切なことだと実感しました。ただ、もっと会話慣れしていれば、もっと語彙力があれば、もっと多くを語れたのだろうという思いもあり、これからもっと英語を勉強していきたいと思っています。
 講演を伺って、また会議参加者との交流を通して感じたのですが、いろいろな種類の“英語”があるということです。というのは、国によって英語になまりや特徴があるということです。日本人の話す英語がよく“ジャパングリッシュ”などと呼ばれるように、その国その国で異なった英語を話します。特に私が新鮮に感じたのは、ロシアの方が話す英語と、インドの方が話す英語でした。不慣れだとなかなか聞き取ることが出来ません。小柴先生がそのようなさまざまな“英語”のインタビューにスラスラとお答えになっていて、驚かされました。やはり国際会議のような場では、これが当然の言葉の姿なのでしょう。今までの学校での英語教育では、なんとなく「アメリカで話される言葉」として英語を認識していたので、“国際コミュニケーションの手段”としての英語であることに気づき、あらためて英語が重要な言語であると感じました。

 △仲良くなったアイスランドの友達と講演のあとパリの街を観光しました。

5.興味深い講演の数々 
6人のノーベル賞受賞者をはじめとした物理学者による講演は、どれもとてもおもしろいものでした。私が一番楽しみにしていたのは、「物理学とライフサイエンス」の講演でした。ここでは脳の研究を紹介していただきました。日本でも最近脳の科学は話題になっていますが、なんとなく医学、生物学の分野という先入観を持っていました。しかし、物理学的観点から脳を見ることが脳や認知のメカニズムを明らかにするには不可欠だと感じました。錯視など脳が生み出す、現実と異なるものの感じ方を指して、「自分の脳が正しいと思うな」という言葉が印象的でした。
 それから私が特に楽しんだ講演に「ナノ物理学とナノテクノロジー〜現実世界への影響」があります。女性の先生による講演でした。難しいこともとてもわかりやすくおしえてくださいました。ナノテクノロジーは理解し、制御し、そして統合することを目的としているそうです。量子力学の基本から量子コンピューターの話まで、とても丁寧に触れてくださいました。最後にガンを発見することの出来るナノプロダクトを画像を交えて紹介してくださり、これには感動しました。これはシリカと金で作られる130nmの球状の物質でQドットといわれます。蛍光に発色して体内でガンを見つけることが出来るそうです。先生はとても楽しそうに講演なさっていて、物理を志そうという女子学生は必ずあこがれるであろう、そんな講演でした。
 これらの講演を通して私が強く感じたことは、社会のために物理学が出来ることがたくさんあるということ、そしてこれからは化学、生物をはじめとした他の分野と協力していくべきだということです。特に発展途上国の問題について、日ごろ私が考えることはほとんどありませんでしたし、それらの解決に物理研究が有効であるとも知りませんでした。最先端の研究や、現在問題とされていることを教わり、これからの物理学の“課題”が垣間見ることができたように思います。これからは私も発展途上国問題、環境問題などについて深く考え、自分に出来ることがあるならばそれを見つけたいと思いました。
 “課題”があるという一方で、“楽しむ”ということがなによりも大切なのだと実感しました。どの講演を通してもそうですが、先生方は誰もがみな楽しそうにお話されます。そしてユーモアを交えて、聞く人を楽しませて下さいます。中でもHarold Kroto先生の講演は好評で、笑いが絶えることがありませんでした。私もメモをとるのも忘れて、夢中で聞きました。先生方がみな物理をこよなく愛され、研究を楽しんでいるということは一目瞭然です。だからこそ、大変な研究を進めて大成されたのだろうと思います。
 先にも述べたように、私は現在日本科学未来館でボランティア活動をしています。ここでは「見てもらいたいのはものより人です」をモットーに、最先端の科学技術をお客さんにわかりやすい言葉で解説するという仕事をします。この仕事をすると、みなさんに科学を文化として捉えて欲しいと感じます。つまり生きていく上で必要かどうか、とかビジネスになるかどうかなどという視点ではなく、美術館で絵を見たり、音楽を聞いたり、映画を見に行くのと同じように、科学的な現象をおもしろいと感じて、科学を知って好奇心を満たすことを楽しんでもらいたいと思うのです。学力低下が問題とされている中、これはなかなか難しいことであると思いますが、教育者をはじめとした科学を伝えていく立場にある人に今回講演をされた先生方のようなユーモアがあれば、万人に科学を楽しんでもらえるようになると感じました。そのためにも科学が好きだという気持ちと、楽しむ心、ユーモアを持ち続けていくことが必要だと思いました。

6.物理は女の子には難しい??
 これらは今回の講演で使われたグラフを写真に撮ったものです。これは将来科学者になりたいという子どもの割合を国別に表したもので、青丸が男の子、赤丸が女の子をさしています。多くの国では女の子の志願率が男の子のそれを下回っています。一番下に書かれているのが日本です。志願率が他の国に比べて低いと同時に、男女の格差が非常に大きくなっています。これを見れば、科学分野を女性が志すことの困難さが一目でわかります。そして、私が想像するところでは、科学の分野の中でも物理学はとりわけ「男性の学問」という認識が強いのではないでしょうか。
“物理学と女性”ということについて、大勢の女性と話し合うことが出来ました。多くの女子学生が、物理は女性には理解しにくい学問であると感じ、そのため勉強していく上で困難を感じているということを確認しました。しかし、彼女たちはみな、そういう学問だからこそ女性にできることがあると言っていました。私も同感です。
 それから上に述べた「ナノ物理学とナノテクノロジー」の講演をされたMyriam Sarachik 先生と個別にお話をさせていただくことが出来ました。彼女にも、女性が物理を学んでいくことは大変ではないのかをたずねてみると、「女の子は自分でできないと思っているけれど、実際は男の子ができているわけではないの。男の子はいつも自分のことを誇大に話すのよ」とおっしゃいました。Myriam Sarachik先生が学生の頃は、今よりも物理を学ぶ女性は少なかったでしょう。きっと苦労も多かっただろうと思います。そんな苦労を微塵も感じさせずに励ましてくださる先生を見て、なんて素敵な人だろうと思わずにはいられませんでした。「私が大学の最初の物理の試験で、何をとったと思う?Fよ、F。」ともおっしゃっていました。ここでも私は、一番大切なことは好きでいることなのだと感じました。その後Myriam Sarachik先生が女学生に囲まれてお話される姿を何度か見かけました。私と同じように女性で物理を学ぶことに不安を抱いている学生を、私にしてくださったように応援されていたのでしょう。
 Myriam Sarachik先生と個別にお話できるように、場を取り持ってくださったのは、偶然隣の席に座った、アメリカの物理学会の女性でした。彼女ととても親しくなり、2日目の昼食は一緒にタイ料理のレストランに行って、色々とアドバイスしていただきました。物理を学んで働く女性として考えていることや、物理を一通り学んだ後いろいろなことができる可能性があることなど、とても参考になりました。帰ってきてからもメールで連絡を取り合っていて、とても貴重な出会いであったと思います。
 いろいろな人と交流してわかったことは、女性はみな物理の道を志すことに困難を感じていて、それでいてこれからの女性の活躍に期待しているということがわかりました。これでは女性で物理を学んでいこうとすることに不安を感じていましたが、今では女性だからこそ出来ることがあるはずと確信し、かえって誇らかにさえ感じられます。

7.最後に
この会議でさまざまな出会いを経て、私にも物理を勉強して出来ることがあるのではないかと思えるようになりました。最先端の研究を紹介していただけたことで、これからは目的を持って基礎的な勉強を重ねていけるような気がします。講演をされた先生方のように、物理が好きだという気持ちをいつまでも持ち続けていきたいと思います。ここでの経験は私に自信を与えてくれました。そして、ここで出会った友達と他にはかえられない友情が生まれました。いつか彼らと再会することを願いつつ、ここで学んだ多くのことをボランティア活動などを通して社会に還元していくことができれば、と思っています。難しいことかもしれませんが、私に出来ることを少しずつでも時間をかけてやっていくつもりです。
最後になりましたが、私がこの国際会議に参加するにあたって応援してくださった皆様、世界物理年を支えてくださる方々、そして今回のこの講演会に来てくださった皆様に心から感謝して報告を締めくくらせていただきます。本当にありがとうございました。


戻る