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 講 演 要 旨


ニュートリノ ー見えないものをみるー
数野美つ子 (学術研究ネット監事:元東邦大学教授)


 小柴昌俊先生が1987年に超新星からのニュートリノを観測した功績により,昨年12月にノーベル物理学賞を受賞した。 同時にノーベル化学賞を受賞した田中耕一氏と共に,2名のノーベル賞受賞で日本中が喜びに沸き立った。 ニュートリノは電荷を持たず質量も殆どゼロで,物質とも滅多に反応しないために長年その存在は不明であった。 しかし,そのような素粒子が観測される前,1930年にPauliにより原子核のベータ崩壊のエネルギー保存の必要性から, その存在が要請されていた。その後,物質を構成する陽子や中性子,電子,中間子,ハイペロンなど200種余りの新粒子が 次々に発見されていたが,ニュートリノは1956年頃になって,やっとReinesとCowanによって原子炉で大量に作られて いることを陽電子の観測から間接的に確認(Ge+p→ e+ +n)することができた。
 1964年にGell-Mann,また後に小林―益川により,究極の物質として6種のクォーク:u,d,s,c,b,tと 6種のレプトンe,μ,τ,νe,νμ,ντにより,すべての物質は構成される事を提唱し,矛盾なく現在に至っている。 さて,そのニュートリノは私達の身の回りにたくさんあり,ビックバンによるものだけでも,指先ほど(1立方センチ)の中に それぞれのニュートリノにつき約100個位あることになっている。それは宇宙から直接飛来する他に,陽子などの宇宙線が 大気中で空気中の核と衝突して大量の中間子を作り,それらがミュー粒子やニュートリノに崩壊するからである。 それら崩壊したニュートリノは,太陽活動から由来する「太陽ニュートリノ」と宇宙線が空気核と衝突して作られる 「大気ニュートリノ」とがある。前者は平均エネルギーがMeV(メガ電子ボルト)のオーダーであるが, 後者はその1000倍のGeV(ギガ電子ボルト)のエネルギーをもち,発生源が容易に区別される。 太陽に限らず,超新星が現れるときには,カミオカンデで観測されたように大量のニュートリノが地球に降り注ぐことがある。
 従って世界中の多くの物理学者は,この電気も質量も無い,物質とも殆ど反応もしない, この素っ気ないニュートリノを必死で観測しているのは,「反応しないからこそ,何万光年も離れた所で生まれた時の情報を そのまま運んでくれる」と考えるからである。しかし太陽ニュートリノの観測で分かったことは,ニュートリノの数が 地球に到達するときには約半分位に減っていることである。 反応しないといっても,どこに消えたのかが問題で,観測にかからない何か別の物に変身したりする 「ニュートリノ振動」という現象を解明しようと私達は実験している。
 「ニュートリノ振動」を見つける私達の実験方法は,スイス ジュネーブの加速器で大量のミューニュートリノを作り, それを地中を通して730km離れたイタリアの地下実験室で観測(Opera実験)して,どの位減っているか, また何か別の粒子に変身しているのか,その証拠を掴むことである。
 上に述べたように,ニュートリノの観測方法には宇宙線によるものと加速器によるものとがあり, 小柴先生らの実験のように宇宙線により,巨大水タンクと光電子増倍管で,ニュートリノが出す微弱な光を増幅して観測するか, または私達の実験のように加速器で作った大量のミューニュートリノがタウニュートリノに変身し, そのタウニュートリノが原子核と反応して荷電タウ粒子を放出し,その飛跡を千分の1ミリの分解能をもつ原子核乾板に 記録することにより変身を知る方法がある。またそのタウ粒子は10のマイナス13乗秒でミュー粒子などに崩壊するので, 原子核乾板中で折れ曲がった釘のような特徴的な飛跡が観測されるはずである。
 現在のところ,私達の第1段階の実験(Chorus)では,標的の心臓部に原子核乾板を用い, 下流にホドスコープやシンチレーションファイバー検出器などの電気系装置を約15mにわたって配列して 143,742例の反応を観測した。しかし,その中にはミューニュートリノがタウニュートリノに変身し, それが更に原子核と反応してタウ粒子を作り,タウ粒子がミュー粒子と2種のニュートリノに崩壊するような事象は なかったことを確認した。従ってミューニュートリノの,タウニュートリノへの変身の確率の上限は現在のところ,0.0003となり,今までの他の実験データより精度の良い結果を出した。別のグループは筑波の加速器からミューニュートリノを神岡に向けて約250kmの地中を走らせて,スーパーカミオカンデで観測するK2Kという実験も進行中である。
ニュートリノの質量については,多くの試みがなされているが,0.2eVから0.6eVという上限を与える実験もある。 電子の質量は0.5MeVであるから,それよりも百万分の1ほど軽い質量と考えられているが,暗黒物質との関連も考えられている。 いずれにしても私達の身の回りにたくさん存在し,作られた時よりもニュートリノの数が減っているのに, それがどうなったのかはまだ確かなことは分からない。


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