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 講 演 要 旨


小島 智恵子  日本大学商学部




 2011年3月11日に起きた東北太平洋沖地震と津波の影響により生じた東京電力福島第一原子力発電所(以下原発)事故は、
原発事故の深刻度を示す国際評価尺度(INES)で最悪の「レベル7」と評価された。
この影響は、 これまで日本の電力を支えてきた軽水炉だけでなく、「夢の原子炉」として期待された高速増殖炉開発にも及んでいる。
高速増殖炉は核燃料として、 軽水炉の使用済み核燃料を再処理して得られる混合酸化物MOXを用いるもので、
核燃料サイクルの要、 未来の原子炉として開発が進められてきた。
日本の高速増殖炉もんじゅは、 1994年4月に臨界、 1995年8月に発電に至ったが、
1995年12月に二次系主配管温度計部からナトリウムが漏れ火災事故が発生し、 その後は停止状態が続いていた。
2011年9月、 文部科学省来年度予算の概算要求では、 もんじゅの維持管理や安全対策に必要な216億円は計上されたものの、
実用化に向けた研究費については2010年度の100億円から7〜8割削減する方針が明らかにされた。
さらに2011年11月末、 細野原発事故担当相は、 もんじゅ視察後、 原子力委員会が2012年夏をめどに進めている原子力政策大綱の改定作業で、
もんじゅの廃炉を含めた抜本的な見直しが必要との考えを示した。
日本の原子力政策は、 原発の使用済み核燃料を再処理して得られたプルトニウムを再び原発で使用する
「核燃料サイクル」をその基本として位置付けているが、 その中核であるもんじゅの廃炉は、
高速増殖炉開発の断念を意味し、 原子力政策を大きく転換させる可能性が出てきた。
 高速増殖炉の研究が世界で最も進んだのはフランスであり、
試験炉Rapsodie、 原型炉Phenix、 実証炉Superphenixという3基の高速増殖炉を建設してきた。
Rapsodieに関しては16年間、 Phenixに関しては37年間の稼働期間を経て閉鎖されたが、
Superphenixに関しては、 1985年に臨界に達したものの、 1987年と1990年に起きたナトリウム漏れ事故により、 運転停止を余儀なくされた。
その後の世論と政治的環境の変化に伴い、 Superphenixは十分な実績を挙げることができないまま1998年にその廃炉が決定した。
次世代の原子炉として期待されたSuperphenix計画の頓挫は、 フランスにおける高速増殖炉開発の中断を意味したが、
原子力開発自体を否定するものではなかった。
むしろ、 フランスが原子力開発を推進し続けるためには、 Superphenixの廃炉を決定せざるを得なかったという見方もできる。
フランスと日本は、 原子力に関する研究交流を盛んに行ってきており、 高速増殖炉開発においても日本はフランスから多くのアドバイスを得てきた。
今後の高速増殖炉開発に関しても日本はフランスに倣うのであろうか?
もんじゅの廃炉は、 日本の原子力政策の根本的な転換を導くのだろうか?
本講演で、 フランスにおける高速増殖炉開発の歴史的背景と現状を分析することが、
現在高速増殖炉開発の岐路に立つ日本のエネルギー問題を考える上で、 生産的な問題提起となれば幸いである。


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