戻る
 講 演 要 旨


日本の自然科学系教育と国際物理オリンピックの位置付け
田中 忠芳 (鹿児島高等予備校専任講師・鹿児島国際大学非常勤講師)



1.はじめに

 教育において主導的立場にあるのは,やはり教師であろう.その教師が,どのような意識で日々教育に当たっているか,このことは教育を受ける児童・生徒・学生にとって,極めて重要であると言わざるを得ない.今の日本の教育は“閉塞的状況”にあると,よく聞く.この状況を打破するために,あらためてBreakthroughが必要とされているのではないか.筆者は今,大学受験のための予備校に所属している.今日の日本における大学進学までの自然科学系教育の様相は決して“健全”とは言い難く,むしろ“病んでいる”と形容したほうがよいのではないかと思う.少なくとも,筆者にはそのようにしか見えない.
 国際・アジア物理オリンピックへの参加依頼が,1980年代から日本の物理系学会に届いていると聞くが,諸般の事情で,日本は現在も参加には至っていないようだ.2003年,日本の高校生は国際化学オリンピックへ出発した.今あらためて,「物理はどうするのか(どうしているのか)」が問われている.
 本稿では,予備校現場から見えてくる日本の自然科学系教育の様相を述べ,その“病んだ”状況を打開するための一つの選択肢として,「国際・アジア物理オリンピックへの参加」も有り得ることを,「物理コンテスト」実施の経験を踏まえて述べる.なお,筆者は今の“病んだ”教育状況を日々目の当たりにしている関係上,多少表現が露骨になってしまうかもしれないところは,予めご容赦いただきたい.

2.予備校現場から見えてくる日本の教育と教師

2−1 「は・じ・き」がもたらす日本の教育の危機
 ある民放のTV番組で,ある小学校で行われている算数の参観授業風景が放映されているのを見て驚愕したことがある.その授業で何をしているかというと,いわゆる「は・じ・き」(〔速さ〕×〔時間〕=〔移動距離〕の関係を図式化した答えの求め方,あるいはその図(図1).なお,小学校では〔移動距離〕は〔道のり〕とされ,「き」は「み」で置き換えられ,「み・は・じ」とする場合もある)の使い方を,次から次に子どもを黒板に出させながら,うまく答えが求められることを披露しているのだ.最初何をしているかよくわからなかったが,よく見てみると“算数”なのである.この「は・じ・き」もしくは「み・は・じ」という簡便法があるのは知っていたし,高校受験用のいわゆる中学生用“総整理もの”の問題集(通称“アツモノ”と呼んでいる地域もある)には,ちゃんとそれが紹介されているのも知っている.しかし,こういう授業を堂々とされると,こちらが恥ずかしくなってしまう.こんなことをしている小学校もあるのかと思って,その番組を見ていた.
 ところが,筆者が所属する予備校で,大学進学を目指して受験勉強している生徒に聞いてみると,上記の事柄は決して特殊なケースではなく,彼らが学んだ小学校では普通に「は・じ・き」または「み・は・じ」の使い方が授業で教えられており,しかも筆者が耳を疑ったのは,その計算本来の意味がまともに教えられていない(少なくとも彼らはそういう印象をいまだに持っている)学校が少なくないということである.同僚の年配講師(76歳)にたずねてみると,「自分たちが小学生のときはそんなものはなかった.塾でその方法を教わった者がやがて教師になって,その方法で教えているのではないか」という話だった.最近知ったことだが,中学校で電流の「オームの法則」を教える際も,この類の図を使っているケースがあるらしい.“計算法だけ教えて,その意味を教えない・・・”,たいへん恐ろしいことである.
 この簡便法は,“答えを出す方法の一つ”として付随的に教えるのなら,それもいいかもしれないが,この方法を教えただけでは,その内容をきちんと教えたことにはならない.移動距離を速さで割ることの意味を理解し,速さの意味を理解しておくことが,その後の学習に密接につながっていることを,教師自身がしっかりと認識し,その上で教育実践が適切に行われるべきである.筆者の教え子に数学教員志望の生徒がいるが,彼は今でも「は・じ・き」を描いて計算しているという.また,「単位量あたり」の考え方がわかりにくい生徒が,思いのほか多いのも事実である.教員のうちには「そこそこ出来ているのだから問題はない」という意見があるかもしれない.「生徒も保護者も,より偏差値の高い大学に入ることを願っているのだから,それに合わせて点数がとれるような教育をしていればいい」という意見もあるだろう.しかし,本当にそんなことでいいのだろうか?
 当たり前なことであるが,民間教育機関の教育手法は万能ではない.多くの場合,民間教育は公教育を補う形で存在している.公教育に民間教育的手法のみを導入して,従来公教育で扱っていた教育内容を捨て去ることは,本来の公教育の役割の放棄に他ならない.最近の多くの児童・生徒が「答えの出し方は知っているが,その意味を知らない」のは,教師が「答えの出し方は教えるが,その意味を(しっかりと)教えていない」からではないか.万が一,教師自身が「答えの出し方は知っているが,その意味を知らない」ということはないとは思うが・・・.ときどき「合っているなら○を付けてください」という生徒がいる.○を見ることでしか安堵感を覚えないようになっているのだろうか.これまで受けてきた教育の中で,合理的なものをそれとして判断できる理性が,それらしく育ってきていれば,おそらく,このような事例はもっと少ないはずだと思うのだが・・・.

2−2 日本の初等中等教育現場におけるFDの仕組みは機能しているか?
 現在“縮小再生産”の教育スパイラルが進行中だとの指摘がある.また,安定な職種の一つとして「教員」を選択していることに起因するのか,「教職」に対する認識の欠如した教員がいるとの,実に多くの事例を聞く(呆れてものも言えない事例さえある).しかし,もっと驚くのは,それをチェックできる仕組みをもっていない,あるいは,仕組みがあったとしてもそれが機能していない学校が多いことだ.今あらためて問われるべきは,「教育するとはどういうことか?」,「教師の役割は何か?」ということではないだろうか.日本の初等中等教育機関でFD(Faculty Development)の仕組みが機能しているとは,とうてい言いがたい.そもそも,日本の初等中等教育機関にFDの概念はあるのだろうか?筆者が知る限り,日本の初等中等教育機関におけるFDの仕組みの整備は急務であると言わざるを得ない.

2−3 教育における“実績”とは?― そこに教育は存在するか?
 毎年,某週刊誌に有名大学の合格者数が掲載される.その数字があらわすものは,「優秀な生徒の数」と「効率的かつ効果的な受験指導体制の充実度」であって,そこから「個々の個性や才能を伸ばす指導や教育を行える教師の数」や「個々人に応じた能力育成を保障する教育システムの充実度」などを読み取ることは難しいであろう.一見,受験勉強には関係ない教育のように見えるとしても,それが教育の本質を突いたものであれば,生徒はそれに喚起され,結果的に「優秀な生徒の数」は増えていくものと思われ,上記数字には,そのような人数も含まれているはずであるが,数字そのものから,そのような内訳を判別することは不可能に近い.しかし,だからといって,このことが,“その数字だけを追いかける教師”が増えていい理由にはならない.また,“その数字”で教育そのものがうまくいっているかどうかを推し測ろうとする向きがあるが,言うまでもなく,これは必ずしも正しくない.
 このようなことに気づいている教育関係者は少なくないはずであるが,それが多数意見になることは,まず無いように思う.なぜであろうか・・・.

2−4 教育現場における“優秀な教師”とは?
 最近思うことだが,いわゆる“優秀な教師”は,児童・生徒の「わからない」がわからない,「できない」が理解できないのではないか.そういう“優秀な教師”ほど,“最近の生徒は・・・”という言葉を口にするが,その言葉にはその教師の“優越感”と“安堵感”とが混在して潜んでいる,と筆者は考えている.そう言いながら,その教師はおそらく,自己改善の機会を自分自身でつぶしてしまっている.また,“優秀な教師”は,うまく教えられない内容は,無理やりにでも暗記させるための手立てをとる傾向にあるが,これが“教師の手腕”のように,教育現場では誤解されているのではないか.そのように教えることが,その子の将来の学習や物事の考え方にどのような影響を与えるか,などといったことについて,果たしてどの程度考えられているのであろうか・・・.
 筆者は,「教育はバトンリレーである」と考える.しっかりと子どもたちを引き受け,自らも,その先を見据えながらしっかり指導し,そして次につないでいく.それが,連続した発達段階の,ある時期の子どもたちを預かっている教育者の役割であり,責務ではないのか.

3.国際比較から見えてくる日本の教育と教師1)

3−1 “出来る”のに勉強が嫌い ・・・ なぜ?
 「果たして学習で重要なのは何か」,「本当に学習は楽しいものなのか」.風間晴子氏の報告1) を読んでいて,ふと自問自答している自分に気づいた.同報告から,気になる事項を選んでみた:
 ・「理科嫌い」は母親の影響?( → 科学リテラシ教育の重要性!)
 ・学ぶことに喜びを見出せない日本の教育.
 ・「理科がよくできることは大切」だが,「理科は生活の中で大切でない」という日本の中学生.
 ・「理科でよい成績を修めるのは希望する大学に入るため」という日本の中学生.
 ・理科の成績はいいのに「理科の成績はよくない」と思っている日本の中学生.
 ・日本の学校外学習の時間(2.3時間(中学2年生))が,国際平均(2.9時間)を下回るのはなぜ?(ちなみに,シンガポールは4.6時間)
 ・日本国民は,「科学技術に対して関心がなく,知識もない.科学の新しい発見に対しても関心がない.」 ( → “勉強嫌い”は子どもだけではなかった! でも,なぜ? )
 この報告を読んでいて,あらためて気づくのは,今日の日本における“理科嫌い”や“勉強嫌い”の元凶は,予想以上に“根が深い”ということである.つまり,上記各項目を総合すると,
 『いまの子どもたちを“理科嫌い”,“勉強嫌い”にさせているのは,学校の教師であり親(特に母親)でもある.ということは,その教師や親の世代が当時中学生や高校生だった頃の教育が,実は適切に行われていなかったということを意味するのではないか.いまや,それらがあいまって,深刻な“理科嫌い”や“勉強嫌い”を,組織的に学校と家庭・地域社会とで作り出す“仕組み”が,とうとう日本に出来上がってしまった・・・』
 と,筆者には読み取れてしまうのだが,これは穿った見方なのであろうか・・・.
 筆者はかつて,「勉強が嫌い」=「(本当は)勉強が好き」ということを教育関係の先生から聞いたことがある.もしそれが本当だとすると,日本の子どもたちは,「物理が嫌い!」,「勉強が嫌い!」と言いつつも,実は,「物理を理解したい,できるようになりたい!」,「勉強を好きになりたい!」と,必死に叫んでいるのではないか.

3−2 シンガポ−ルの事例
 風間氏の報告1) には,シンガポールの事例も紹介されている.それによると,「実際に自分で実験を行い,その結果を述べ,考察する,という構成の“task”」が生徒たちに課されているらしいが,「これは,力がつく!」と筆者はすぐさま思った.また,シンガポールでは「6割の生徒が『理科は難しい』,しかし9割以上の生徒が『理科は好き』であり,活き活きしているらしい」とあったが,その“task”というものを課していれば,ある面当然であろう.そして,その“task”というのは,筆者が行った「物理コンテスト」の内容と類似しているのではないか,ということに気づいた.

4.日本の自然科学系教育における物理オリンピックの位置付け

4−1 「物理コンテスト」実施から見えてくるもの
 まず,上記「物理コンテスト」とはいかなるものかを紹介する必要があるだろう.
 1993年,小林K郎先生の論文2)で「国際物理オリンピック」が紹介された.1997年春の物理学会(名城大)で,筆者は「国際物理オリンピック」への日本参加が問題になっていることを知る.その後すぐ,筆者は日本が参加する可能性や国内予選・国内でのオリンピック開催の実現可能性などについて各方面に打診してみたが,様々な問題があることがわかってきた.1998年春の物理学会(日大・東邦大)で,「できるところから始めていってはどうか」というアドバイスをある先生からいただき,「まずは,自分のできる範囲で,物理オリンピックの模擬的なものをやってみよう」と思い立ったのが発端である.
 ところが,自分で企画しはじめてすぐ,ひとりでやりあげるには実に大変であるということに気づいた・・・.時期を同じくして,「数学セミナー」(現代評論社)1月号で,1996年国際物理オリンピック(オスロー大会)の理論問題が江沢洋先生の記事3)の中で掲載されていた.同誌9月号にその解答と講評4)が掲載された.筆者はこれらの記事を拝見する中で,ようやく決心がつき,「物理コンテスト」なるものを行うに至った(この名称を決める際,将来,発展的解消をするために,あえて「物理オリンピック」という表現を使わないことにした).その後,1999,2000,2002年と,同コンテストを実施した.その様子は,http://www.synapse.ne.jp/science/physcon.htmを参照されたい.
 これらはいずれも,午前中,3時間で理論問題を解き(個人対抗),昼食をはさんで午後,3時間で(実際は,毎回6時間以上にもおよんだ)実験問題に取組む(2 or 3人のグループ対抗)というもの.参加者は,筆者が所属する予備校の生徒がほとんどで,筆者の誘いにより集まった者が多い.中には,筆者のWebサイトのポスターを見て参加した者もいた.なお,参加人数は,1998年: 理論5名・実験4名,1999年: 理論6名・実験7名,2000年:理論6名・実験7名,2002年:理論2名・実験2名であった.
 1998年は,理論問題には,1996年国際物理オリンピック(オスロー大会)の理論問題 [1],[3] を日本の高校生用に改題して日本語で出題し,実験問題(自作)は,単振り子と重力加速度を扱った問題とブランコのパラメタ励振を扱った問題を日本語で出題した.この時の参加者の感想は,実に示唆に富むものであった:

◇理論編◇
◆難しかった.入試などに出るパターンどおりの問題と違って,いろいろと考えさせられた.答えが合っていても合っていなくても,問題を解く過程で試行錯誤することはいいことだと思う.自分の物理の力はまだまだ甘すぎる.もっと勉強せねば!(O) 
◆自分には想像して考える力が不十分でイメージできないものもあり,大変だった.(やはり,電流・電界のところがよくわからなかった・・・).でも,問題2(海面の潮汐の問題)は,すごく理解してみたい問題であるから,解答をよく見て理解したいと思う.日常的なことは物理にすごく関係しているのですね.(T)
◆身の程を知りました!解き進めながら,解き方の方針が自分の中でコロコロ変わるので苦労しました.問題1 (1)分かりそうで分かりにくかったです.(2)直感を信じました.(3)ひたすら悩んでやっと思いついた方法で行き詰まりました.(4)これも悩んで,結果 k=1 でした.「熱の流れは1倍に減少する」.絶対違う.(5)問題文を理解しようと3度試み,3度寝ていました.問題2 (1)答えらしい答えになったのでうれしかったです.(2)ずっと考えればいつか解けるはず.(3)もう帰りたい. 難しかったけれど面白かったです。(Y)
◆むずかしかった.もう少し易しければいいのにと個人的には思ったが,このような問題を世界の高校生が解いていると聞き,おどろいた.自分の未熟さを痛感した.これからも内容の理解を深めていきたい.(K)

◇実験編◇
◆おもしろかった.実験は高校でたったの1回しかしなかったので,今回実験ができて良かった.測定値からいろいろな値を考えるのは苦労した.物理には,実験から法則を見つけることも,理論を立証するために実験することも大切だと分かった.(O) 
◆思えば僕の物理人生は苦難の連続だった.授業は眠たくて寝てしまう.おかげでテストは平均点の半分あるかないか.物理の面白さはそんなことではないのさ.自分で探る楽しさ,達成感.そんな気分にひたれた今日この日を僕は忘れないだろう.(Y)
◆試行錯誤の結果,どうにか終わることができてよかった.やっぱり実験のほうが楽しいですね.来年も参加してみたいと思います.(T) 
◆ ・楽しかった.・おなかがへった.・理論どおりに行かないのに困った.・実験にはいろいろな障害があるのが分かった.・来年以降もずっと続けて行ってほしい.(K)

 参加者は皆,実に活き活きしており,実験などは,予定の時間(3時間)を過ぎても,自分たちの納得がいくまで,体力が続く限り,続けていた(結局,トータル7時間ぶっ通しで実験をしていた!).
 1999年は,理論問題には,日本の大学入試問題のなかから“醍醐味”があるだろうと思われるものを選んで出題したが,参加者には,「つまらない」と不評だった.実験問題(自作)は,フックの法則・剛体棒の振動を扱う問題と単振り子で重力加速度を求める問題を課したが,これは,全員たいへん熱心に取組んでいた.
 2000年は,理論問題には,1996年国際物理オリンピック(オスロー大会)の理論問題 [2]と,特殊相対性理論の基本的な問題(自作)を出題したが,特殊相対性理論の問題は,予備知識なしでは,やはり難しそうだった.実験問題(自作)は,静止摩擦係数を求める問題,テニスボールと床との反発係数を求める問題,空気中を自由落下する発泡スチロール球の終端速度を求める問題であったが,どのチームもとても熱心に取組んでいた.
 2002年は,理論問題は,英和辞典持込み可にして,
  31st International Physics Olympiad in U.K. , 2000  Theoretical Problem 1 A-D,
  30th International Physics Olympiad in Italy, 1999 Theoretical Problem 3
を原文のまま出題してみたが,英語に翻弄されてしまっていたようであった.実験問題(自作)は,与えられた材料(段ボール紙と爪楊枝ほか)を用いて,より長時間回転しているコマを作成し,自分たちの計測データをもとに,その妥当性を検討する問題を日本語で出題したが,参加者は慣性モーメントについて予備知識なしであったことと,空気抵抗の影響が彼らの予想以上に大きかったこともあり,ずいぶん苦労していたようだった.
 いずれも,参加者は極めて意欲的で積極的であった.「浪人した1年間のうちで一番頭を使った」,「初めて物理のおもしろさを知った」などのコメントからもうかがえるが,コンテスト参加後,参加者全員の学ぶ姿勢が大きく変わった,というのが筆者の一番の印象である.コンテストでは,彼らにとってこれほど難しいことをさせられながらも,彼ら一人一人は,実に活き活きしていた.「わからないことでも,じっくり調べて考えれば,何とか理解できる,解明できる」という実感を持てたことが,彼らにとって,とても大きな自信になり,生涯の財産になったのではないかと思う.筆者は,一人一人にこのような実感や自信を持たせることが,物理教育の最も重要な使命の一つであると考えている.なお,コンテスト参加者は皆,無事希望する大学学部学科へと進学し,時々筆者を訪ねてきては,近況報告や勉強の相談等をしていく.その後の彼らは,共通して困難に向かっていく力強さをさらに身につけているようで,実に頼もしい限りである.

4−2 日本における国際・アジア物理オリンピック参加の位置付け
 筆者は,日本の国際・アジア物理オリンピックへの参加は,次の2つの役割をするだろうと考えている:
 @ 新しい選択肢をつくる ・・・ あくまでも希望者が挑戦すればいいのであって,全員必須である必要はない.また,大学入試やその模擬テストなど以外に,生徒が“身の程”を知る機会があっていい.自ら進んで(←ここが大事!)“身の程”を知ることで,本人の自信や,やる気につながる.
 A 教師の相対化,教育の活性化を促す ・・・ これからは「評価の時代」である.教師にも“いい”,“悪い”がある.教育も然り.意欲と能力のある生徒には教師以上の能力を発揮する機会が与えられ,教師や教育機関はそれを支援すべし(それを妨害するなど,もってのほか).その意味で,物理オリンピック参加は,個人単位でも可とすべし.

 このように,新しい選択肢を作り,教師・教育の相対化・活性化を促すと,やる気のある子どもとそうでない子ども,やる気のある教師とそうでない教師,やる気のある保護者とそうでない保護者,やる気のある学校とそうでない学校,等々の格差が今以上に顕著になり,この格差をどうするかという問題は必ず出てくるであろう.ここで必要なのは,各教育機関におけるFDの仕組み.それをきちんと機能させるためには,児童・生徒も包含して双方向にチェックし合う仕組みをつくり,その仕組み自身がきちんと機能しているかをチェックできる仕組みをもつくっておくことが必要であろう.日本の初等中等教育機関およびその周辺の組織で,このようなFDの仕組みを正常に機能させることが,今の日本の教育における最重要課題であり,そのためには,まずその土壌をつくる必要がある.それと並行して,上記@,Aに留意して国際・アジア物理オリンピック参加に取組めば,その取組みが自然科学系教育の改善にプラスに働く可能性は大である,と筆者は考えている.

5.おわりに

 すでに,2002年3月には,日本物理学会物理教育分科・応用物理学会応用物理教育分科会・日本物理教育学会の3学会共同企画シンポジウムが「物理オリンピックを考える」と題して,立命館大学会場と東海大学会場をTV会議システムで結んで開催された5),6).その両会場で,シンポジウム参加者にアンケートの協力をお願いしたが,参加者のほとんどが「日本は物理オリンピックに参加すべきである」という意見であった.現在,全国の主だった高校の先生方対象に,国際・アジア物理オリンピック参加をにらんだ,「全国高校物理コンテスト(仮称)」に関するアンケート調査が行われると聞いている.高校現場の先生方の意見を踏まえつつ,どのように対処すべきかを判断する資料になるものと思われる.
 筆者は,国際物理オリンピック参加の問題を考えるたびに,幕末に来航した“黒船”を思い起こす.今あらためて,日本の教育のいいところと,改善したほうがいいところとが,より明確にされるべきで,その上で,改善すべきはその仕組みまで含めて改善すべし.近い将来,日本の物理教育関係者が物理オリンピック参加へ向けて積極的に動き始めた,そのときには,日本の物理教育,そして自然科学系教育は,間違いなく,今以上に活気付くものと確信する.

参考文献

1) 風間晴子 “国際比較から見た日本の「知の営み」の危機” 大学の物理教育 1998-2(1998) 4-16.
2) 小林K郎 “国際物理オリンピック” パリティ 08-11(1993) 63-67.
3) 江沢 洋 “物理オリンピック” 数学セミナー 37-1(1998) 47-51.
4) 江沢 洋 “数セミ物理オリンピック” 数学セミナー 37-9(1998) 43-51.
5) 田中忠芳,毛塚博史,喜多 誠 “共同企画シンポジウム「物理オリンピックを考える」報告” 大学の物理教育 2002-3(2002) 58-62.
6) 喜多 誠,田中忠芳,毛塚博史 “共同企画シンポジウム「物理オリンピックを考える」概要報告” 物理教育 50-4(2002) 274-276.


戻る