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 講 演 要 旨


物理学史から見たエントロピー論
八木江里 八木江里科学史研究所・NPO法人学術研究ネット所属



はじめに
私は、過去約25年間にわたって、エントロピー概念の歴史をR.クラウジウス(1822−1888)を中心に研究してきました4)。 エントロピーと言う用語は、現在では、経済学の中でも利用される考え方になってきました。とくに循環型社会を目指すための議論を理解するためには、大切な概念の1つになっております。 ここで、その物理学史的な起源をさぐり理解を深めることは、物理学を専門としない方々にとっても意味のあることだと思います。
物理学の1分野に熱現象を巨視的に記述する熱力学があります。熱力学は第0から第三法則によって示されます。エントロピー増大に付いての熱力学の第二法則はクラウジウスが1865年に、エネルギー一定についての熱力学の第一法則と同時に提唱しました。
それらは、以下のようなものです。
第一法則:宇宙のエネルギーは一定である。
第二法則:宇宙のエントロピーは増加する。 
エネルギーとは、仕事をする能力と理解されます。
では、エントロピーとは何でしようか?

エントロピー(Entropie)とは?

熱力学的(巨視的)エントロピーがまず出現しました。
可逆過程(1周すると元に戻る)で、内部(熱)エネルギー(dU )と同じようにふる舞う、( ∫1周dU = 0 及び ∫1周dS = 0 )
物理量として、クラウジウスによってまずは提案されました。
エントロピー増加 =  熱量 / 絶対温度
dS = dQ / T
一般に(特別な仕組みを考えないと)、熱現象は不可逆過程なので、∫1周dS は0にはならないのです。符合のとり方によりますが、最終的にクラウジウスはエントロピーが増加するという表現を選びました。
クラウジウスは、まず(1854年)(完)全微分の関数として、可逆な場合、エネルギーdUに対応する物理量としてdSの関数の形を決めました2)。(付録3)不可逆の場合については、さらに、自然現象として良く知られている“熱は高温から低温に流れる”から出発して補償されない(打ち消されない)転化(Verwandlung英訳はtransformation 変換) を取り扱うことになります。これが、1865年にはエントロピーと命名された概念に発展します。

統計力学的(微視的)エントロピーが次に出現しました。(これは以下に述べるボルツマンによる式が良く知られておりますが)、萌芽はクラウジウスにあります。1862年にZ ヂスグレゲエシヨン 分散度 (Disgregation) と言う物理量を提案して第二法則の式を書いております。Zについての説明としては,物質を構成している粒子の、本来の格子の位置(秩序)からのずれの程度(無秩序の程度)としております。
統計的(微視的)エントロピーはボルツマンによる次の式で表されております。
S = k log W     (k ボルツマン定数)
Wは、最大確率をもたらす分子配列の微視的状態の数。
この式について、ボルツマンの論文(1877)の例を利用しで説明したいと思います1)。
 ボルツマンは、第二法則と熱平衡についての確率論との関係を追求した論文で、気体の分子(構成粒子)が7個の簡単な例をあげています。それら分子に8種の不連続な運動エネルギー0、ε、2ε、3ε、4ε、5ε、6ε、7εを、あらゆる可能な仕方で分配して、運動エネルギーの総和が7εである場合を考えます。その15の分布状態が表示されます(原文Wiener Berichte ,恒藤訳p.118)。表の最後の列をKomplexionの数P(ermutabilitaet)と呼んで、それぞれの状態分布がとりうる置換の数を示します.例えば第1番目の状態分布は、どれか1つの分子のみが7εを、それ以外の6個は0(ゼロ)の運動エネルギーを持っていればよいので、Pは7となります。Pが最大なのは、10番目の状態分布で(7!/ 1!1! 2 ! 3!で計算できる) 420です。ここで15番目までのPの総和をJと書くと、1716になります。そこで、10番目の状態分布が起こる(最大の)確率は、420 / J = 420 /1716 であり、もっとも確からしい状態分布と定義されます。この場合のWは420になります。(付録1参照)
 私は、もし時間がゆるせば、ここで、透明なプラスチックの7個のコップを置き、7個の同じ種類のあめ玉を利用して、このボルツマンの表を具体的に説明したいと思います.あめ玉1個がεの運動エネルギーに対応していると仮定しています。
このような考察から、ボルツマンは物理現象の理解に確率という考え方を導入して、7個よりは、大変に多数、1023個程度の数(スターリングの近似式が利用できる)の(1原子)分子の気体の場合(マクスウエル・ボルツマンの分布則を適用して)エントロピーS (巨視的物理量)と微視的な量Wを結びつける式を書くことに成功しました。
地球が,第二法則の帰着としての“熱的死”を免れているのは,熱的にも,物質的にも閉じた系ではなく、“開かれた能動定常系”であるからです。地球の環境問題を論じる際にエントロピーが、劣化の度合を示す指標の1つになっていることを指摘しておきます5,6)。
 私どもの研究グループがおこなってきた、クラウジウスの数式のデータベース化による研究と、そこから明かになった事を簡単にご説明いたします。 私どもは、1989年ごろから、クラウジウスの力学的熱理論(内容は熱力学、気体理論、電気理論)についての2つの論文集1864と1867年に集録されている16の論文からほとんどの数式約500個を集めて印刷したデータベースをつくり始めました。2002年にはその第3版を完成しました。これらの数式を一瞥すると、いろいろなことが見つかりました。 先ずは、彼は常に熱力学関係の論文では、第一法則と第二法則とを1組のものとして取り扱い、その解析的表示を提示してきていること。数式を示す場合に、熱力学関係と電気理論の論文中ではクラウジウスの仕事の熱当量A (Jの逆数)を用いて全て熱量の単位で表示していること。他方、気体理論の論文中では、数式を示す場合には、1/A(Jと同じ)を用いて全て仕事の単位で表示していること。さらに一般的にいえることは、クラウジウスは物理量を、数学的関数として取り扱っており、熱力学関係と気体理論の論文では、力学がモデルになっており電気理論の論文中では、さらにグリ―ンのポテンシャル関数を電位にたいして利用している。

付録1 ボルツマンの1877年の論文の表、文献1)参照
Boltzmannの表 P P
1 ・・・・・・7 7 9 ・・・1114 140
2 ・・・・・16 42 10 ・・・1123 420
3 ・・・・・25 42 11 ・・・1222 140
4 ・・・・・34 42 12 ・・11113 105
5 ・・・・115 105 13 ・・11122 210
6 ・・・・124 210 14 ・111112 42
7 ・・・・133 105 15  1111111 1
8 ・・・・223 105
   Σ 1716
付録2 クラウジウスによる熱力学第一および第二法則の最終的な式を示す。文献4)p.31より Figure0-2):The first and second laws of thermodynamics
by Sommerfeld and Clausius

A Sommerfeld’s Expression R.Clausius’s Expression
1. The First Law
dU=dQ−dW‘ , 唐рt=0 1.The First Law
dQ=dU+AdW or dU=dQ−w
2. The Second Law

reversible process:

inreversible process:

2.The Second Law

reversible process:

inreversible process:
(or N=S−S0−    )

*Sommerfeld’s and Clausius’s notations are similar except for Clausius’s use of the integral‘∫’instead of‘刀ffor a circular process;the latter was not used in Clausius’s time.

付録3 クラウジウスの論文1854年の内容の説明.文献2)p.80-83 より

5.5 1854年の熱カ学に関する第4諭文

クラウジウスは1854年の第4論文「力学的熱理論の第二主法則の修正された形について」で第二法則をさらに発展させている。
まず「熱と仕事との等価性の法則」と第一法則を名づけて、
(T-c)  Q=U+A・W
で示す。これが周期週程ではU=0であるから、
(T-d)  Q=A・W
となる。1850年の式(T-a)は、圧力pを用いて次の形で書かれる。
(T-e)  dQ=dU+A・pdυ
次に「変換の等価値の法則」と第二法則を名づける。ここでクラウジウスは、カルノーの理論を次のような2種類の変換の間の関係としてとらえている。すなわち熱の仕事への変換(およぴその逆)を第1種の変換と呼び、高温物体から低温物体への熱の移動(あるいほその逆)を第2種の変換と呼んでいる。そしてこれらの変換を互いに置き換え可能にするために(すでに5.2節でも簡単に触れたように)、新しく「等価値」(Aequivalenzwerth)という概念を導入する。ここで仕事から熱への変換を正の等価値、したがって高温から低温への熱の移動を正の等価値をもつとして計算する。すなわち仕事から温度tを示す熱量Qが発生した場合の等価値は、次の関数で示されると仮定する。
Q・f(t)
同様に熱量Qが温度t1からt2の物体へと移動した場合の等価値は、次の関数で示されると仮定する。
Q・F(t1,t2)
さらにFの関数については、次式が成立しているとする。
             F(t2,t1)=−F(t1,t2) (5.13)
上の二つの等価値をさらに関係づける条件として、可逆な周期過程において生ずる2種類の変換は、大きさは等しいが符号が互いに反対であるから、総和は0となることを用いる。
まず温度tを示す熱量Qが仕事へと変換されていると同時に、温度t1からt2へと熱量Q1が移動しているような過程を考える。等価値の総和が0である条件から、次式が得られる。
          −Q・f(t)+Q1・F(t1,t2)=0 (5.14)
次に上の過程を逆にしたものを考える。仕事から温度t’を示す熱量Q’が発生していると同時に、温度t2からt1へと熱量Q1が移動している。上の式に対応する等価値の関係式は、次式で与えられる。
           Q’f(t’)+Q1・F(t2,t1)=0 (5.15)
これら2式(5.14)、(5.15)を加えて、式(5.13)を用いると、次式が得られる。
           −Q・f(t)+ Q’・f(t’)=0 (5,16)
この式をクラウジウスは、二つの過程が一つに結合された結果とみなして、第1種の変換だけが残って、温度tを示す熱量Qが仕事へ変換されると同時に温度t’を示す熱量Q’が仕事から発生しているとする。これは結局のところQ’−Qの熱量が仕事から発生していることになる。
次にこれを第1種および第2種の変換の組合せからなる一つの過程へと解釈しなおしてゆく(Q’>Q;t’>t)。そこでQ’一Qという部分が仕事から発生した熱となると同時に、Qという熱が低温t(物体K)から高温t’(物体K’)へと移動したと考える。その結果として、温度t’を示す高温物体K’はQ’=(Q‘−Q)十Qを全体としては受けていることになる。そこでこの過程に対する等価値の関係式は、
        (Q’−Q)f(t’)十QF(t,t’)=0 (5.17)
となる。前出の式(5.16)からQ’を消去して上式に代入して、Qで割ると次式が得られる。
            F(t,t’)=f(t’)−f(t) (5.18)
この式は、第2種変換の関数の形を第1種変換の関数で表しているものである。
ここでクラウジウスはf(t)の形として、

(5.19)
と書いて、Tを(クラウジウスの)温度関数と呼んでいる(1850年の論文ではカルノー関数Cを用いていた)。
これからクラウジウスは、第1種および第2種の変換を通しての共通な等価値として
Q/Tがあると主張する。まず仕事から温度tを示す熱量Qが発生した場合には、

という等価値が第1種変換の値で、もしも熱から仕事への変換の場合には、

で表される。次に高温t1から低温t2への熱量Qの移動が起こっている第2種変換の等価値は、

で表される。これが逆に低温t2から高温t1への移動の場合には、変換の等価値は、

で表される。
ここでクラウジウスは、このような等価値を数学的に決定することによって、第2種変換と呼んでいる熱の移動が、互いに逆向きの第1種変換の組合せとみなせると主張する。これから任意のいくつもの第1種および第2種の変換が生じているような複雑な過程であっても、それらの変換の総和(N〕を数学的に表示できることになる。
そこでクラウジウスは、物体K1、K2、K3、…等が温度t1、t2、t3…等をもち、過程を通じて熱量Q1、Q2、Q3、・・・等を受けとった(放出した場合には負とする)場合の等価値の総和Nは、
(U-d)  

とする。さらにQ1、Q2、Q3…等の代わりに微小な熱量dQを考えれば、次式が得られる。

(U-e) 
まず可逆な周期過程を仮定すれば、生ずる変換は互いに打ち消しあうはずであるからN=0となる。ここで力学的熱理論の可逆過程に対するよく知られたクラウジウスの第二法則の解析的な表示が、次式として提出される。

(U-a)            (可逆な周期過程)

(現在、周期過程に対して用いられている積分唐フ記号は、まだ用いられていない)。
次にクラウジウスは不可逆な周期過程をとり上げて、これを可逆でない周期過程(nicht umkehrbaren Kreisprocesse)と呼んで、重要な考察を行っている。可逆、不可逆を問わず一般にすべての周期過程に成立する定理として、「任意の周期過程において生ずるすべての変換の(等価値の〕代数和は正のみである」が成立しているとまず主張し、これが極限として可逆過程でN=0を成立させていたとする。タラウジウスは、すべての変換の等価値が正にしかならない理由として、不可逆な熱現象の観察を基礎においている。たとえば、熱伝導現象によれば、高温から低温へと熱が移動しているが仕事はなされていない。そこで正の第2種変換の等価値だけが残る。また摩擦熱によって仕事から熱が発生しているが、熱の移動が起こっていない場合には、正の第1種変換の等価値だけが残る。このようにして生じた正の変換を簡単のために打ち消されない変換とか、あるいは補償されない変換(uncompensirte Verwandlung)と名づける。クラウジウスはまず不可逆過程における不等号性の存在を文章によって明確に記述したといえる。式による表記はまだ行われていない。
最後にクラウジウスは、温度tの任意の関数として導入し、用いてきたTについて論じている。T=a+t(a=273)として、結局はTを絶対温度とする立場をとると述べている。

文  献

1.L.Boltzmann, Wiener Berichte 76,373-435(1877) 恒藤俊彦訳、『統計力学』物理学古典論文叢書6、pp.111―167, 東海大学出版会、1970. 
2.八木江里、クラウジウスとエントロピー、『熱学第二法則の展開』pp.69-95,朝倉書店、1990
3.有本享三、「熱力学入門」1& 2 pdf,及びPowerPoint Files.過日、私の要望に答えて試作をホームページに載せ、利用させて下さった事に感謝いたします。関心のある方は直接ご本人 kyozo_arimoto@nifty.com にご連絡ください。
4.八木江里論文集,A Historical Approach to Entropy, Collected papers of Eri Yagi and her coworkers at the occasion of her retirement, 186pp, International Publishing Institute, Tokyo, 2002. Supplement of the Collected Papers of Eri Yagi and her Coworkers, A Database form Clausius's Abhandulungen I-XVI, 72pp.
5.エントロピー学会,『循環型社会を問う』藤原書店 2001.
6.小野周、『エントロピーのすべて』丸善、1987 はしがきに“宮沢賢治が1921年頃書いた童話『月夜のでんしんばしら』の中に「もっともそれはおれのように勢力不滅の法則や熱力学第二法則がわかるとあんまりをかしくもないがね」という言葉がでてくる。しかし熱力学の第二法則とかエントロピーという言葉が一般に広く使われるようになったのはここ10数年来のことである”


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